《前へ 戻る TEXT表示 登場人物紹介へ オリジナル用語集へ 次へ》

 その時焔龍リオレウスは、眼下の大地を遠く感じていた。真っ赤に焼けた空へ磔にされていたから。絶え間無く襲い来る砲弾が、二匹の飛竜を隔てる。無軌道に翼を繰りながらも、妻へと近付く事も適わず…夕日に吼える空の王。今まで人間達に狩られてきた多くの同族…その血を分けた子等の元へと。今正に、最愛の妻が旅立とうとしていた。

「すんごい威力…あの后龍が一発ッスよ!」
「滅龍弾…コレガ飛竜ニモ効クトハナー!…銘入ダカラカ?」

 尾を斬られながらも、その巨体を揺らして起き上がる后龍リオレイア。だが、既にもう女王の威厳は何処にも無い。今、サンクとツゥの目の前に居るのは、ただの手負いの雌火竜。苦悶の唸りを漏らしながらも、彼女は必死の抵抗を試みる。体内深くめり込んだ、ただ一発の砲弾に苛まれながら。
 未だ嘗て受けた事も無い激痛。大地の女王は今まで、ただの一度も地に伏した事は無かった。広がる森一面を領地とし、夫と共に絶対的な力で君臨…人間からは"龍"の名で恐れられてきた。それがどうだろう?思うように動かぬ身体を今、人間ごときに蹂躙されている。耐えがたき屈辱に身を焦がしながら、彼女は悲痛な声を上げた。もう帰れぬ空へ向かって。

「いっちゃん、あっち終わるみたいっ!」
「余所見しないで、メル!…来るっ!」

 残り僅かとなった滅龍弾を、イザヨイは素早く装填する。その隙をカバーするように、メルのイャンクック砲が火を噴いた。射線上の焔龍はその度に、翼を翻して回避行動をとる。その甲殻を、その鱗を、その翼爪を…掠めては真紅の地平へと、虚しく消えて行く礫。もう既に、太陽は深く地の底へと沈み始めていた。僅かに残る陽光の残滓が、辛うじて獲物の影を形作る。

「もう時間が…お願い、当たってっ!」

 影が一瞬停止し、メルの放つ砲弾がその巨躯を捉える。が、焔龍を怯ませるには至らない。噴出す鮮血よりも紅い眼が、二人の少女をギロリと睨んだ。その眼光に追いつかんばかりの速度で、風を切って翼が唸る。負けじと睨み返すメルの傍らで、インジェクションガンが再度滅龍弾を飲み込んだ。狙い定める必要はもうない…イザヨイの視界にはもう、迫る焔龍の姿しか見えなかったから。
 サンクもツゥも…傍らのメルさえも。空の王の失墜を信じて疑わなかった。特に前衛の二人には。どんな屈強なハンター達にも屈しなかった、あの后龍を仕留めつつあるのだ。それも全て、滅龍弾の齎す恩恵。この一撃は銘入さえ…否、銘入なればこそ致命傷となる。筈だった。銃爪を引き絞るイザヨイさえ、勝利の瞬間を確信したが。

「貫通した!?…いっちゃん、貫通しちゃっ…いっちゃん!」

 速度が距離を殺した…放たれた必殺の一撃は、確かに焔龍を直撃した。その逞しい翼へ…その翼膜を突き破られ、僅かにバランスを崩しはしたが。空の王は少しもスピードを落とす事無く、少女達へと襲い掛かった。滅龍弾は竜の中心線近くを狙い、その体内深くへと打ち込まなければ意味が無い。咄嗟にイザヨイを庇って、その身を挺するメル。彼女が驚いたのは、もう直ぐ目の前まで迫る焔龍と…目を逸らさずに次弾を装填する相棒の姿。
 回避すればぎりぎり間に合う…その貴重な数秒を、イザヨイは次の一手に使った。薬室へと急いで滅龍弾を押し込む。メルの体当たりで難を逃れながら、すぐ鼻先を通り過ぎるリオレウスに照準を定めて。遠ざかる背を今度は良く狙い、止めた息を吐き出すと同時にスイッチ。最後の一発が薬室内の爆発に押し出されて、龍を滅する一矢となって空を裂く。着地時に足への鈍痛を感じながらも、イザヨイはその軌跡を全身で追った。メル=フェインを抱き寄せながら。

「!?…ウホッ、無事ダッタカ。今日ハはらはらサセ過ギダゾ、ット」
「ツゥさんナイスッ!あの二人なら絶対大丈夫ッスよ…んで、これでっ、終わりッス!」

 既にもう、翼爪も角も砕かれた后龍。その断末魔が…皮肉にも焔龍を救った。足を引き摺りながら、ドス黒い血溜りを点々と残して。必死で歩く伴侶の声に、焔龍は翼を翻した。最後の一発がその背を掠めて、闇夜の迫る空へ消える。竜齢既に百を超え、その年月の数だけ伝説を刻んで来た巨大な雌火竜。その命が今、尽きようとしていた。無情にも最愛の焔龍より削りだした一振りが、引導の一撃を渡す。

「ん…いっちゃん?無事?怪我無い?」
「うん、平気だよ…痛っ!そ、それよりメル…見て、后龍リオレイアの最後よ」

 勇んで追い討ちを掛けるサンクを、襟首掴んでツゥが止める。興奮状態の彼女もふと我に返り、剣を納めて后龍を見送った。砂金の一粒よりも貴重な一秒を消費し、誰もが手を止め行く末を見守る。互いに満身創痍の火竜達は、互いの傷を舐め合うように寄り添った。
 もし彼等彼女等に言語が有るとすれば。どんな言葉が交わされるのだろうか?想像だに難くない…死に逝く最愛の者を送る時、その想いを言葉に織り込むのは至難の技だから。陽光の残滓に照らされ、空の王が舞い降りる。無論、言葉は愚か鳴き声さえ無く。日没に連れ添うように、后龍はその生涯を閉じ…夜の闇はすぐそこまで忍び寄っていた。

《前へ 戻る TEXT表示 登場人物紹介へ オリジナル用語集へ 次へ》