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「メル、弾薬を再配分するよ?もう通常弾も貫通弾も無いでしょ」
「う、うん…それよりいっちゃん、足…」

 薄暗がりの中、イザヨイは片足を庇うように腰を下ろす。先程無理に捻ったのか、焼けるように響く足首の鈍痛。心配そうに覗き込むメルに微笑んでみせるが、その額には不快な汗が滲んだ。骨は折れていないが、ただ立っているだけでも辛い…日頃から鍛えているハンターとはいえ、人間の身体は余りにも脆い。そして、匠の業を凝らした防具といえど、気休め程度の防御力しか望めないのがガンナーなのだ。

「大丈夫、平気…まだ終わってないんだから、そんな泣きそうな顔しないで。ね?」

 そう、まだ闘いは終わっては居ない。既に空には一番星が輝き、日の光はもはや完全に落ち去った。今はもうその残滓が、僅かに赤い線となって地平を象るのみ。終わってしまったのは人間達の時間…それでも、誰一人としてこの場を去ろうとはしなかったが。
 バチバチと小枝の燃える音。それに続くいい匂い。ツゥが肉を焼いている。それを横目に見ながら、炎剣を磨ぐサンク。腹減ったス、ダメ、腹減ったス、オレモダ…呑気なやり取りを交わす二人は、メルの視線に気付いて白い歯を零す。続く心配そうな言葉の数々に、イザヨイも気丈に笑みを返した。

「そう、まだ終わっちゃいねぇス!きっちりカタを付けて…じゅるり」
「マァマテ、さんくタンヨ。肉ナラマダ…終ワル終ワラヌモ旦那次第ダシナ」

 肉を回しながら、ツゥが顎をしゃくって皆を促す。その先に鎮座する宿敵は今、微動だにせず佇んでいた。今や巨大な肉塊と化した妻の側で、ただ呆然と無防備に身を晒す。その傷だらけの巨躯が今、四人には事の他小さく見えた。背中には哀愁すら漂う。
 全員で束になってかかれば、今ならば焔龍リオレウスを倒せるかもしれない。だが、誰一人として襲い掛かる者は居なかった。それ程までにハンター達は消耗しきっていたから。だから彼女等は、躊躇無く戦力を立て直し始める。戦意を喪失してうなだれる焔龍を尻目に。既に夜の帳を向かえ、一分一秒でも惜しい今でも…決して焦らずに。

「きっとすぐまた始まる…めるには解るんよ。だって…」

 水筒の水を喉へと流し込み、残りを灼けた砲身へ…ジュウ、と音を立ててイャンクック砲が放熱の湯気を上げる。イザヨイのポーチにまるまる残っていた砲弾を受け取りながら、メルは目を細めて視線を巡らせた。
 彼女には解るような気がした。そして何時か、サンクやツゥにも解る日が来るかもしれない。今はただ、イザヨイにだけは解って欲しいと願う。最愛の伴侶を失うという、その怒りと哀しみを。空色の瞳に悲哀の焔龍を映して、メルはしばし想いに耽る。予備の弾薬を渡してくる、その白い手を握りながら。

「ウホッ!上手ニ焼ケマシター!シッカシ問題ハアレダナ、モウ明カリガ…」
「追い払ったランポスとかも戻ってきちゃうしねぇ…ね?メル。メル?」

 ふと我に返って、慌ててメルはイザヨイの手を離す。強く握りすぎてしまったその手から、はたして気持ちが伝わったのだろうか?上気する頬にほのかな紅がさすのは、怪我で熱っぽいからだけでは無い。一度離れたメルの手を、再度手繰り寄せるイザヨイ…両の掌で優しく包むと、祈るように胸の前へ。二人の間に流れる空気が、少しだけ温かさを帯びて漂う。見守るのはニヤニヤと笑うツゥと、不思議そうな顔のサンク。

「ンマァ、アレダナ。俺等前衛モ気張ル理由ガ出来テイイケドナー」
「え?お?む?…何?何スか、ねねツゥさん!何がどうしてどうなんスか?よく解ん…!!!」

 遂に周囲は闇夜と化していた。それが突然、まるで一番星が落ちてきたかのような眩さに包まれる。一瞬の出来事に、身じろぎ身構える四人。その視界に飛び込んできたのは、燃え盛る紅蓮の炎…屹立する巨大な火柱。
 地に眠る后龍リオレイアの死骸が今、音を立てて焼け崩れている。唖然とするハンター達の前で、焔龍は再度灼熱の吐息を吐き出した。いよいよ勢いを増す弔いの送り火は、周囲を照らしながら空へと昇る。それはまるで、天へと還る龍のよう…それが闇に刻み付ける、巨大な焔龍の影。その瞳に一滴の光を、メルは見たような気がした。

「ん、剥ぎ取り出来ないねぇ」
「剥ギ取ラセタカァ無イダロウナ…ヤリニクイゼヨ」

 獣油が焼けるような、生き物が焦げるような臭い。盛大な火葬を前に、ツゥは手にした肉も忘れてイザヨイと呟きあった。もはや食欲は失せ、漆黒に浮かぶ眼光に気圧される。無論、人間とは異なり、飛竜達に火葬の習慣など無い。死ねば皆同様に、種を問わず土に返るのだ。もしそれがハンターの手によるものならば、畏敬の念をもってその一部が剥ぎ取られる。だが怒れる空の王は、決してそれを許さなかった。

「っしゃ、みんなっ!自分等ぁ、何スかっ!」

 不意にツゥの手から消える肉。同時にサンクが声を張り上げる。彼女は骨付き肉に齧り付くと、行儀悪く噛み千切った。呆気に取られる三人の前で、あっという間にサンクの胃袋に肉は消えて行く。骨まで綺麗に舐めて一息付くと、焔燻る炎剣を構えるサンク。応えるは凛とした少女の声。

「うっさいバカサンク!…モンスターハンターにっ、決まって、るっで、しょぃ!」

 イャンクック砲を引っ張りあげると、未だ熱冷めやらぬ薬室へと弾薬を放り込む。そのまま撃鉄を叩き起こしながら、メルはサンクに続いて駆け出した。耳を劈く咆哮で迎える、業火に浮かぶ焔龍へ向かって。空腹を思い出しつつ、不思議と込み上げる笑みを零して…ツゥはイザヨイを高台へと促しながら、二人の後を追って走り出した。

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