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「これでトドメぇ!ねりゃぁぁぁぁぁぁっ!…あ?あれ?」

 雄叫びを上げて剣を振り上げ、焔龍リオレウスへと襲い掛かるサンク。だが現実の彼女は今、汗びっしょりでベットに身を起こしていた。そよ風が吹き込む開かれた窓からは、賑やかなミナガルデの喧騒。呆然と辺りを見回せば、ペンを置いて立ち上がるブランカの姿が目に映った。何が何やら解らぬままに、何が解らないのかも解らない様子で。要領を得ぬ言葉を紡いで吐き出そうとした瞬間、サンクの口に飛び込んでくる体温計。

「丸々三日間よ、貴女が寝てたのは」

 あの王都でも珍しい、硝子と水銀の体温計。それを引き抜き見ながら、ブランカは平静に告げた。サンクは驚きの声を上げようとしたが、いきなり鼻を摘まれ丸薬を口に放り込まれる。続いて体温計を振りながら、水差しで水を流し込むブランカ。

「んご、んごご…何スかー!うげ、ニガーイ」
「解熱剤と痛み止めよ…まだ痛むでしょ?」

 ドアをノックする音と同時に、顔を覗かせる女将。さして心配した素振りも見せず、ふぅん、と一瞥。その視線を追う事でサンクは、裸で包帯姿の自分に気付いた。同時に込み上げる腹部の激痛。それはあの日の、あの瞬間を伴って…脳裏に鮮明に像を結んだ。



「貫通弾、終わりっ!いっちゃん、そっちは?」
「これでカンバン!後は二人に頑張ってもらうしか…」

 小賢しい礫の雨が止むのを待って、焔龍の巨躯が大きく翻る。全身からドス黒い血飛沫を吹き上げながら。粘度の高い体液は熱く滾り、暗闇に滴り落ちては大地を焦がす。それでも満身創痍のその身を奮い立たせ、彼は眼前の人間達へと牙を剥いた。大きく開かれた真っ赤な顎門が今、忌むべき憎悪の対象を捉える。

「さんくタン!」

 まるで胴を両断されたかのような衝撃。激痛に絶え間なく身を軋ませながら、サンクの体が大きく揺れた。彼女を噛んで激しく暴れながら、尾を振りツゥを寄せ付けぬ焔龍。その燃える様に煌く巨大な瞳を、直ぐ間近に見下ろしながら…サンクは言葉にならぬ声を張り上げ吼えた。もはや人類の英知も狩人の知恵も有りはしない。ただ個の生物同士が、食うか食われるかを競っていた。
 我が身が砕けるその音を、肉体の内側より振動で感じて。だがしかし、焼ける様な痛みはまるで感じない。極度の興奮状態で睨み返すサンクは、その手にまだしっかりと剣を握り締めていた。火竜の翼より削りだされた、灼熱の息吹を秘める炎の剣を。

「このっ、うんどりゃぁぁぁぁ!ツゥさんっ!」

 焔龍の額めがけて、狙い澄まして突きを繰り出すサンク。固い甲殻を食い破り、炎剣リオレウスが眉間に突き立つ。不十分な体勢からとはいえ、紅蓮の業火を巻き上げ刃が食い込んだ。同時にサンクは中空へと放り出される。その耳を劈くのは断末魔の咆哮…地に伏す焔龍。大地に巨躯を横たえ、最後の余力を振り絞って身を捩った。

「!…任せろ、サンク。幕を引くぜっ」

 サンクの意図する所は、即座にツゥには理解できた。理解するよりも先にもう、身体は走り出していた。迷いは微塵も無く、躊躇する余地は皆無。これが最後の一撃となる…その確信を胸に、彼女は呼吸を止めて鉄槌を振りかざした。狙うは一点、頭部に突き立つ炎剣。その剣を象る輪郭は木っ端微塵に砕け、伝説の火竜へ最後の楔が打ち込まれた。そして…



「おお!思い出したッス!イデデデデ…むふ、自分等やったんスねぇ」

 女将からトレイを受け取り、ブランカが戻ってくる。湯気が昇る銀色の食器を見て、サンクは口を大きく開いた。無論、ブランカにそこまで世話する気は毛頭無かったが。彼女は熱いスープを手渡すと、再び机に向かってペンを走らせる。何時にも増して真面目な表情で、黙々と文字を追うその横顔。

「…アーン、って駄目スかー!?自分、名誉の怪我人ッスよ!?」
「何を呑気な。貴女が眠ってる間に大変な事が…あら」

 ドアが開け放たれ、仲間達が雪崩れ込んで来る。

「こらー、サンクー!やっと起きたん?もぉ寝過ぎ…ねね、怪我平気?」
「サンちゃん、怪我の具合はどう?肋骨かなりやられたって聞いたけど」
「防具ニ助ケラレタナ、さんくタン。並ミノ鎧ナラ真ッ二ツダッタゾ」

 皆が皆、未だにあの日の傷に包帯を巻いていた。その腕に、その足に、その身体に…どこか誇らしげに。互いの健闘を称え、その偉業に胸を震わせながら。何より全員の無事を祝して、ハンター達は互いに肩を抱き合った。街は快挙を祝う歓声に沸き、うら若き乙女達に最大の賛辞を贈り続けている。一部の者達…銘入の"竜"など、比べ物にならぬ脅威に気付いた者達を除いて。
 数日振りに顔を揃えて、一堂に会した仲間達…その一人一人を見渡し微笑んで、ブランカはココット村への手紙に一筆書き足した。天と地の覇者が、共に天へ召されて地に還った日より…あの男の依頼で調べ上げた成果に添えて。若き勇者達の無事と成長が、ネガティブな調査報告を少しでも和らげてくれる事を期待して。

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