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『いや、耳は壊したんだが…強いのなんのって』
『でも足引き摺ってたから、もう一歩って感じだったかな』
『あ?何で皆、そんなに躍起になるかって?そりゃ珍しいしよ』

 ここ最近、山猫亭の酒場を賑わす狩りの話題。その言葉の一つ一つを思い出しながら、イザヨイは新緑の森を疾走した。高鳴る胸に淡い想いと、確信に近い予感を秘めながら。

『ああ、例のイャンクックだべ?俺等も見たよな、ゆっきー』
『うん、もうボロボロなんだけど、何か倒せないんだよな』
『学術院の書士隊も、調査に動き出したみたいですね』

 既にもう、何人ものハンターが挑んだ…森丘で発見された、稀に見る巨大なイャンクック亜種へ。しかしその全てが、漏れなく返り討ちにあっていた。絶え間無く襲い来るハンター達を、満身創痍になりながらも撃退し続ける蒼怪鳥。

「ありゃ手が付けられねぇ、逃げんぞ!クソッ、たかがクックに」
「どうして倒せないの!?ありったけの弾をブチ込んだのに…」
「チィ、新入りとはぐれた?ええい、上手く逃げろよボウズ!」

 ベースキャンプへと走るハンター達と擦れ違いながら。イザヨイは一直線に駆けてゆく。殺気渦巻く森の奥深くへ。不意に視界が開けて、悲鳴と咆哮が入り混じる狩場に身を躍らせると…彼女は全身で呼吸を貪りながらも、息を整える間も惜しんで叫んだ。

「お願い…もうやめてっ!蒼丸っ!」

 少女の悲痛な叫びに、蒼い翼の巨躯が振り返った。その足元から、怯え竦んだ若いハンターが逃げ出す。脆弱な人間を正に今、何の躊躇も無く鏖殺しようとしていたにも関わらず。突如、懐かしい名を呼ばれたイャンクックは、怒りを忘れたかのように嘗ての友をじっと見詰めると。昔のように瞳を輝かせ、イザヨイにクチバシを摺り寄せた。

「蒼丸…お前、生きてたんだね。良かった」

 まだイザヨイが幼かった頃の、初めての友人。人の世の理に従い、名残を惜しんで別れたが。人間社会で育てられ、突如大自然に解き放たれた蒼怪鳥はしかし。厳しくも残酷な世界で、立派に生き抜き成長していた。小さなか弱い、蒼髪の少女を忘れる事無く。

「それにしてもこんなに立派になっ…!?」

 今はもう、見上げる程に巨大なイャンクック。その姿を改めて見渡し、イザヨイは絶句した。蒼い甲殻や鱗は、所々ひび割れ剥げ落ちて。翼膜も耳もボロボロに破け、身体のアチコチに生々しい傷が鮮血を滲ませていた。甘えるように押し付けるクチバシも、無残に先端が欠けている。
 怪鳥イャンクックは、ハンター達にとっては珍しい獲物でも無く、さほど手を焼くものでもない…しかし稀少な亜種となれば話は別。増してこれ程に立派な個体ならば尚更である。富と名声を求めて、何人のハンター達が彼を襲ったかは、察するに余りある。

「酷い…でも、今の私にそんな事、言われたくないよね」

 何故ならイザヨイも、彼を狙い殺到する者達と同じ…モンスターハンターだから。共に暮らした日々を思い出に、お互いの世界で生きようと別れたのだから。溢れる涙を抑えきれず、イザヨイは思わず両手で顔を覆った。狩りに生きるハンターである前に、彼女はまだまだ優しい少女のままで。頭ではこれが世界のルールと解っていても、心が焼けるように痛んだ。

「おう、居たか?」
「いや!だがこの辺に潜んでる筈だ、近いぞ」
「今日こそ狩るぞ…狩って俺等の名を上げるんだ!」

 一人と一匹の蒼い影は、近付きつつある新たなハンター達の声を聞いた。その殺気に漲る金属と火薬の気配を、敏感に感じ取ると。首をもたげて低く唸るイャンクック。その瞳には再び、闘争の炎が燃え上がる。まだ見えぬ外敵を威嚇するように破れた耳を立て、雄々しく翼を広げれば…癒える間もない傷から鮮血が飛び散った。

「駄目、行かないで!無理よもう!待っ…アッ!」
「いっちゃん、危ない!」

 甲高い咆哮と共に、怪鳥の羽ばたきが周囲を薙ぎ払った。舞い上がる友へと手を伸べ、駆け寄るイザヨイは不意に引き止められて。そのまま巻き起こる嵐から庇われるように、地面に押し倒された。

「ふう、凄い風圧だった。いっちゃん、だいじょぶ?」
「…うん」

 突如現れたメル=フェインは、土を払いながら立ち上がると、イザヨイへ手を差し伸べた。涙を拭ってその手を握り、弱々しく立ち上がれば、遥か遠くで響く銃声と悲鳴。不安げにその方向を見詰めるイザヨイ。メルは心配そうにその顔を覗き込みながら、思い出したように大袈裟なリアクションで掌を叩く。

「そだ!いっちゃん、寄り道して帰ろっか?カー助がね、偶然見つけたんだ」

 無理に笑顔を作って、頷くイザヨイの手を引いて。メルは飛び去った蒼怪鳥とは真逆の方向へと走り出した。パタパタと小さな翼を羽ばたかせる、幼い蒼火竜を引き連れて。

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