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「みんな、グラスは持ったかニャ?それじゃ…乾杯ニャッ!」

 杯が奏でる小さな音が、静まり返った酒場へ木霊する。僅か数人の寂しい酒宴では、食器の触れ合う音が耳に痛い。めでたい訳でもなく、祝っていられる状況でも無いミナガルデだが…それでもラムジーは陽気に振舞って、僅か二人の客をおもてなし。主役の女将を入れても、四人掛けのテーブル一つで事足りるパーティ。長年の任を労い、その栄誉を惜しむ時。

「いやぁ、引退スかぁ…女将、今までお疲れ様ッス!」
「アト十年ハ戦エル!ヨウニ見エルケドナ。トモアレ女将、乙」

 大先輩を労いながら、サンクとツゥが肉を取り合う。当の本人は穏やかな笑みで、二人のハンターとラムジーに礼を述べた。影ながら全ギルドの権益を守り、ハンターズ達の秩序を護る者…ギルドナイト。その証たる純白のマントを、クエスラは遂に脱ぐ日を迎えたのだ。理由は二つ、凱龍グラビモスの討伐失敗と、その怪我による老山龍討伐への不参戦。大勢の前で身分を明かしてしまった事も手伝い、ギルドマスターも庇いきれず…彼女はギルドナイトの責務を返上する事となった。驚異的な討伐スコアだけを残して。

「こんな時じゃなきゃ、もっと大勢に奢れますのに…残念ですわ。貴女達が居る事もネ」

 クエスラの意味深な視線に、二人は顔を見合わせる。その間も手に握るフォークは、卓上で激しく火花を散らしていた。互いの取り皿に積み上げられてゆく料理は、次の瞬間には口へと運ばれる運命。肩を竦めて見せるツゥと、バツが悪そうに俯くサンク。二人は老山龍襲来の報を聞いてから、一度もこのミナガルデを出ていない。
 破山招来…その一報より少し遅れて、全てのハンター達へギルドを通じて緊急クエストが公布された。とりわけ腕の立つ高名なハンターへは、王室より直々の依頼も舞い込む。真っ先にその知らせを受けたのは、焔龍と后龍の二匹を討伐した四人。だが、一人は書簡を受け取る前にココット村へと飛び出して行き、もう一人は「さる高貴な御方」の強い意向で砦へ…そしてサンクとツゥは今の今まで、ずっと酒場でクダを巻いていた。

「ンマァ、俺ハコノ手ノいべんとニャ興味ネーカラ…ナンテナ」
「貴女はそう言うと思ってたわ、ツゥ…で?まだ一言も話してくれないわね、サンク」

 山猫亭に集うハンター達の中でも、今や高ランクの熟練ハンターとなったサンク。だが、彼女はここ最近何もしていなかった。本当に何も…狩場からは足が遠退き、未曾有の危機にも酒場に居るだけ。ある者は故郷ココット村へ、ある者は王国防衛の最後の砦へ、またある者は水際の最前線へ。皆が皆、何かしらの行動を起こしている…自らの決断で選択しているというのに。ツゥは「普段通り気が乗らないからシラネ」を選択しているが。サンクは何も選んではいない。

「ココットは貴女の故郷だし、ギルドと王国は貴女の加勢を望んでいるわ…焔龍殺しだもの」

 正直、ココット村へとすっ飛んでいかないのが不思議ではあった。あそこには今、出産を控えた彼女の師が…サンクにとってかけがえの無い人物が居る。だが、クエスラが冷ややかな非難の視線を浴びせている理由は、何も故郷へ馳せ参じないからではない。砦へ赴くでも無く、他の方法を模索するでも無く…ただ無駄に時を過ごしている事。他の誰でも無い、銘入の飛竜を狩ったサンクだからこそ。

「…自分だって行きたいッスよ。でも…でもっ!」
「何処へ?ココットへ?それとも砦?」
「そのどちらかを選ぶ事…それすら、今の自分には出来ないんス!」
「…剣が無いからかしらん?貴女の剣が。確かにずっと丸腰ですものね」

 武具は自らの力で得る物…それはハンターの不問律。例え有事といえども、それを違える事がサンクには出来なかった。今や名の有るハンターとなった、焔龍殺しのサンクなればこそ。愛用の剣が、傍らのツゥの手で木っ端微塵になってから。未だ彼女の手には、炎剣リオレウスに代わる相棒の姿は無い。火山で旧世界の遺物を掘り当てようとしたり、様々な飛竜の素材を工房へ持ち込んだりしたが。

「女将ヨ、アノ剣…そふぃサンガ持ッテ来タ剣ハ?アレ、さんくタンニ貸シテ…ツカ、クレヨ」
「あの剣なら返しましたわ。私がこのザマですもの。それにね、ツゥ?そゆ問題じゃ無くてよ」
「んむ、あの剣や女将のダークトーメントでも駄目ッス。自分の、自分だけの剣が…」

 クエスラは実は、そんなサンクの事が嫌いではない。愚直で融通が利かない、ハンターという自分に対して一途で純真なサンクが。ただ、気付かないのは少しまどろっこしい…その手に剣が無くとも、ハンターなら誰もが偉大な武器を得ているのだ。そうでなければ、この山猫亭に出入りするハンターとは言えない。

「サンク、貴女の武器は剣だけなのかしらん?」
「うむス、自分的にボウガンはどうもイマイチ。トンカチも槍も…」
「そうじゃありありませんわ。貴女が一番に頼るのは、何かって言ってますのよ?」
「…自分が、頼る、物…頼る、モノ…モノ…頼る…者?」

 ガタン!急にサンクは立ち上がった。

「有ったッス!ずっと有っ…居たスよ!んもー、自分てばゲリョ並のバカチンッス!」
「ふふ、いってらっしゃい。私のお店も老山龍から守って頂戴ね?よくて?」
「気ヲツケテ行クンダ…ウホッ!?ナ、ナニ?ナンゾナモシー!?」

 立ち上がったサンクは、ツゥの手を取り今にも走り出しそう。引っ張られたツゥの意外な表情を、クエスラが大きく頷いて見送る。焔龍討伐と引き換えに、愛剣を失い名声を得たサンク。その時、その瞬間…そしてその前も、それからも。常に周囲にあったのだ。元に焔龍へのトドメの一撃は、サンク一人の力では無かった。

「ツゥさん!早く早くっ、行くッスよ!」
「チョ、マッ…気付クノ遅イッポ。ンジャマ…行くかい?待ちかねたぜっ!」

 ハンターにとって最も大事なのは、高価な武具でも消費アイテムの物量でも無く。ただ単純で尊いモノ…仲間。それに気付いたサンクは、一目散に飛び出していた。もう既に、ずっと前から…それはすぐ隣で飯を食って、肴を奪い合っていたから。そして今、互いに心が擦れ違ったまま、ココットと砦に別れてしまった、サンク自身の大事な仲間が居るから。
 身支度もせず、相変わらずの丸腰で。買い与えたのがギルドマスターとも知らず、市販のハンター用防具に身を包んで。サンクは再び走り出した。憔悴しきったキヨノブやアズラエルと…身も心も疲れて蛇剣を引き摺る、俯き項垂れたユキカゼと擦れ違いながら。

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