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「そうか、やっぱ無理かぁ。フェインの工房ならもしやと思ったけど」
「私は今の時代の鍛冶屋さね。こいつはもう、今のじゃ加工不可能…悪いね」

 夜も遅く、祭りも早々と解散した後に。姉に呼ばれたメルは工房のドアを潜る。折れた槍を背負った男と入れ違いに。未だ炉には火が灯り、熱気が篭ったナル=フェインの工房。狩人達から持ち込まれた甲殻や鱗、鉱石や薬品でごったがえした室内を、メルは注意深く奥へ進んだ。

「なるね〜、来たよ〜?…あれれ、さっきまで声はしてたんだけど」
「メルかい?今ちょいと手が離せないのさね…作業台の上を見とくれ」

 呼びつけといて何だい…ぞんざいな扱いに頬を膨らませて、メルは作業台へと眼を落とした。ナル=フェインが自分の姉だと…そう強く実感する瞬間。整理とか整頓とか、そういった概念からはかけ離れた乱雑さ。まるで自分のアイテムボックスの中を見るような、そんな作業台の上で。メルは即座に、姉が見せたかった物を見つけた。業火の如き輝きの紅蓮石も、稀少な砂竜の紫鱗も。逆鱗や紅玉さえも、その眩い蒼の前では眼に入らない。

「おや、思った通りぴったりさね…ほんと大きくなったもんさ」
「なるね、これ…メルに?丁度いいサイズ。うん、馴染む馴染む」

 離れて暮らしてしばらく経つのに。姉がこしらえた篭手も具足も、まるで手足の皮膚に吸い付くような手応え。優れた防具は、その強度や実用性でのみ評価されるものではない。無論、特殊な能力を備えていても同じ。我が身一つで飛竜へ立ち向かう、そんな狩人達の命を守るのだから。
 設計上の性能はつまるところ、おおまかな数値に過ぎず…最後にモノを言うのは、使い手にどれだけ馴染むか。自らの甲殻と鱗で武装する、完全無欠の飛竜達へ立ち向かうには、どれだけ防具と一体化出来るかが重要。

「造ってて思ったさね。ああ、メルがこんなに大きくなったってね」
「なるね…」

 凄惨な事件は、ナルの妹を少しだけ強く逞しく成長させた。何より、ミナガルデという新たな世界を開く鍵となった。追い出されるように旅立った末妹は、外の世界で立派に名を上げ…今、故郷の危機に馳せ参じたのである。そうだろうと思い、そうであれと願いながら鍛えたのは、蒼火竜の貴重な素材を使った防具。幼子の頃より育て見守ってきたナルなればこそ、成長したメルが手に取るように解った。採寸せずとも、こしらえた篭手も具足もメルにぴったり。

「むふ、カー助の色だねぇ…これで蒼ばっかになっちゃった」
「あの娘の色、だろ?当然だけどね、メル…ハイメタG系より硬度で劣る。気をつけるんだね」

 蒼火竜の素材といっても、その質はピンキリ…上質な物は上鱗や堅殻と呼ばれ、比類無き強度を誇る防具となる。が、存在自体が稀な亜種である蒼火竜の、さらに上物となれば遭遇は困難。まして打ち倒して素材を剥ぎ取るなど、相当な実力と幸運が必要だろう。今、めるの手足を追おう防具は、稀少ではあっても決して強力な物では無かった。

「いいんよ、なるね…めるの勝手だもん。想うのも勝手、思い込むのも勝手」
「そうかい…じゃあ、勝手ついでにアレも持ってきなよ?扱いきれたら、だけどねぇ」

 そう言うと再び、ナルは工房の奥へと姿を隠してしまった。何かを探してるらしく、様々な素材を撒き散らしながら、積み上げた素材に埋没した何かを掘り出す。メルは胸を高鳴らせながら、手の感覚を確かめるように何度も握り拳を作る。今すぐ部屋に戻って、愛用の斬破刀を握りたい。今なら、普段より軽々と振り回せそう…何故なら、剣を持つその手を、優しく包む色が有るから。

「さすがなるね、いい仕事。手足が翼になったみたい。どれ、そこいらに…あ、これでいっか」

 いてもたっても居られず、メルは手近な剣に手を掛ける。剣と言っても、もえないゴミに埋もれたナマクラだったが。ココットで唯一にして最高の鍛冶屋、ナル=フェインと言えども…失敗作を造る事はあるもので。それでも今のメルには、何かが振るえれば充分だった。そっと手を掛け、力を込めて引っこ抜く。筈だったが、抜けない。大量のゴミが刀身を噛んでるのではなく、剣自体が異様に重いのだ。

「ぬ?ぬぬ…にゃろ、失敗作の癖に。ふっ!んぎぎぎ…」
「何やってるんだい、メル。ほら、こっちにおいで」

 姉の声も耳に入らず、メルは意地になって剣を引っ張る。全体重を乗せても、軽いメルではビクともしない。恐らく、メル自身より重いであろうその剣は、良く見れば工房の床に突き立っていた。さらにゴミをどけて眼を凝らせば、それが剣かどうかも疑わしい。巨大な火竜の甲殻のカタマリに、申し訳程度に柄が付いた様な。もし振るえるなら、恐らく獲物を粉微塵に叩き割ってしまうだろう。

「ああ、そりゃ無理さね。リビルド品なんだけど、ゴミ置き場に運ぼうと三人掛りで…」
「運ぼうとして落としたんだ…なるね、ドジ。で、ここがゴミ置き場になったと」

 汗だくでメルが振り向くと、姉は長大な太刀を抱えていた。

「この刀を覚えているかい?メル…私やイザヨイが言った事も」
「強い武器のみがハンターに非ず、武器と共に想いを鍛えろ!…みたいな?」

 満足気にナルが頷くと同時に、野太刀が鞘を走った。漆黒の刀身に刻まれているのは、真紅に光る異国の文字。真っ赤な四文字は読めないが、その色こそが元となった素材の残滓である事を感じさせる。見事な骨刀は、鉱石の鉄刀に勝るとも劣らない。外の闇夜よりも尚黒い、その刀身は光さえ吸い込み佇む。

「メル、村長の宝物が何故小さいかわかったかい?あれは先っちょ…これが」
「これがココットの英雄と対峙したモノブロス…その角から削り出した剣?」
「私の流儀だ、心の弱い奴にコイツは渡せない。もし一人前なら…その力、示してお見せっ!」
「うん…なるねっ!これがっ、なるねぇにぃ、育てられたっ!メル=フェインだよっ!」

 その物体が剣と言えるなら。正にその剣は今、ゴミ置き場の眠りから解き放たれて。己より軽く小さく柔らかい、一人の少女によって引っこ抜かれた。そればかりか、容易く自在に振り回され、綺麗にその背に収まった。再度抜刀してナルに差し出し、メルは息一つ乱さず姉を見詰める。

「見事…はっ、火事場の何とやらじゃないといいんだけどねぇ。天上天下無双刀、持っておゆき」
「ありがと、なるねっ!あとね…これ、捨てちゃ駄目だよ?」
「そうかい?焔龍の甲殻が勿体無いと思ったんだけど…ちょいと重量オーバーさね」
「だいじょぶ、かなりオバカな剣だけど…オバカなら振るえると思う」

 ナルでは持てないと知り、かといって誰が持ち上げられる訳でも無く。異形の大剣をそっと作業台に置くと、メルは太刀を受け取った。思った通りに、思った以上に成長した末妹を前に…僅かに瞳に大粒の輝きを灯して。ナル=フェインは剣と共に、この村の運命を託した。嘗て"皆殺しのメル"と忌み嫌われた、今は心身ともに一流ハンターの妹へ。

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