《前へ 戻る TEXT表示 登場人物紹介へ オリジナル用語集へ 次へ》

「それが『塔』さ」

 旧世紀の人々が手に入れた、新たなこの星の守護者。荒らし貪るだけの人間の手で、星へと償うシステムは構築された。塔と呼ばれるそれは、今でもその名残を各地へ残している。誰もが近付かぬ未開の秘境に、ひっそりと屹立する古塔。それらは全て、嘗て稼動していたシステムの残骸。

「塔が起動すると…旧世紀の人々は皆安堵したんよ」
「そっか、それで今も私達は生きてる訳ね。ほっとしただろうね、やっぱり」
「うん、安心したんよ…これでまた好き勝手に、傲慢に繁栄を謳歌できる、って」
「そ、そんな…自らの行いを悔いて、塔?を立てて…懲りたんじゃ」

 再び始まる、文明の進歩。より繁栄を極めるそれは、記録を見せられているイザヨイにとっては奇跡の御業。無より命を生み出し、深海の果てに炎を灯し。都市は空へ広がり遥か星の海へ…自らを省みぬ旧世紀の人々は、その間も無意識かつ無邪気に、この星を蝕み続けた。システムは正常に作動し、傷んだ星を癒してゆく…無論、人々は無関心。そんな仮初の平和が続き、有史以来最大最高の高度文明が爛熟を極めた。そして…

「塔は突然、暴走した。うんにゃ、より真摯に真面目に、目的へ向けて再起動したん」

 より清浄なる星とするべく、システムはフル稼働を続けていた。それは傷付けば包帯を巻き、熱を出せば薬を飲ませるように…常に人間達の愚行の結果を、塔はフォローする。それは対処療法に過ぎない。以前この星に存在していたシステムをも凌駕する、高性能な塔でさえ困難を極めた。

「ブルーバーストとロストクロニクル以前は、あんまし忙しくなかったもんね」
「ブルーバースト?ロスト…」

 イザヨイはとりあえず、先程の蒼い爆発をそう名付けた。その後に失われた、この星の欠落した歴史にも。便宜上、見たままに名前を付けたが…老山龍はどうやら気に入ったようだ。好みの洋服に袖を通すメルの顔で、ナルホドとはにかんで見せる。

「だって…以前は人類が滅んでから、一斉に治してたのに」
「うん、塔は常駐型のシステムなんよ。何かあったらすぐ治す」

 そう、何かあったら…「何か」は「常に」在り続け、それは結果的に「ずっと」が伴う。常に何かがあって、ずっとシステムは稼動し続ける。そのサイクルへの対処をより効率良く、より確実にこなす方法…塔はある日突然思いついた。至極論理的に。常に何も無ければいい。ずっと無ければいい。

「そして僕は…僕等は生まれた。塔の防衛システムだった僕等は、人類へと牙を剥いた」

 映像は凄惨を極めた。科学文明の粋を極めた、恐らく当時の現行兵器と思しき物。それら全てを紙屑のように屠る、それは塔より飛来した審判の断罪者。空を埋め尽くす翼は、強靭な四肢とは独立して背に羽ばたく。古龍…彼等は塔より、人の世に終焉を齎すべく生まれたのだ。

「僕にもあったんよ、翼…ま、それはいいとして」
「塔は…人類を滅ぼそうとした?どうして…あ、そっか」
「うん、元を断とうと思ったんだろーねぇ…残念ながら失敗したけど」
「失敗…そっか、今の時代があるって事は失敗だよね。でも…!?」

 突然、映像へと飛び込んでくる見慣れた翼。古龍がひたすらに破壊を繰り返す、そんな歴史の一頁を切り裂いて。一匹の飛竜が突如、どこからともなく現れた。背に少女か、あるいは少年を乗せた火竜…細部が大きく違うものの、それはリオレウスに酷似している。塔が裁きを下した、黄昏に幕を引く落日の刻に。飛竜は永い虐殺の時代に現れては消え、潰えても再び違う個体が飛翔した。

「人は塔を築き責を棄て、安楽なる退廃へ逃げ込んだ」

 映像の中で時間が過ぎるにつれ、古龍は恐竜的進化を遂げてゆく。もはや異形としか思えぬカタチへと。その中にあって、立ち向かう飛竜は徐々に、見慣れたこの時代のモノへと近付いてるように見えて。それでもそのチカラは、今の銘入クラスをも凌駕する戦闘力。

「塔は古龍を生み出し人を棄て、星の生命を守ろうとした」
「…そして再び、人。人は龍より竜を生み出し、滅びの運命に抗った」

 イザヨイの翡翠の瞳が、より鮮明に輝きだす。完全な覚醒を認めるように、額に紋様が浮かび上がった。既にもう、彼女は完全に理解した。今の時代において、古龍に様々な飛竜種が過敏に反応するかも。極稀に生まれる強力な固体、銘入とは…旧世紀の遺伝子が色濃く出た飛竜であるという事も。そして、旧世紀に何が起こったか、老山龍が伝える記録と記憶の全てを受け継いだ。

「塔に組みする者、塔に抗う者…人は一丸とはならず、やはり人同士で争った。だよね?」
「そう、あらゆる兵器を無効化された人は、古龍の技術を手に入れ…そして飛竜を生み出したんよ」

 映像の中央には、巨大な古龍が翼を広げる。群がる飛竜を蹴散らしながら、悠々と眼下をブレスで薙ぎ払う…その姿は正しく老山龍。見る者を絶望へと叩き込む、その圧倒的な存在感。今でさえ人は畏怖と畏敬の念を抱くが。嘗ての老山龍は、心弱き者であれば直視も難しい。映像は蒼火竜の飛来と同時に、ノイズにぼやけて途切れて消えた。

「ま、僕は翼をもがれて捕らえられた。今でも痛いんよ、ここらへんはねぇ」
「…ごめんね、アチコチ痛かったよね…今なら解るよ、繋がったもん」

 そっと手で触れ、イザヨイは老山龍の痛みを感じた。多くの勇敢なハンターと戦い、その何人かの命を奪いながらも…彼は決して歩むことを止めなかった。力尽きて地に伏すまで。使命を果たすその時まで。

「ま、いいんよ…使命は果たせた。遺産を受け取れ、血を継ぎし者よ』

 不意にメルの身体から力が抜け、金髪の少女は崩れ落ちた。慌てて支えるイザヨイの手をすり抜け…その華奢な身体は抱き上げられる。ぼんやりと光る人影は、それこそが老山龍の思念であろうか?彼は最後の最後に、直接イザヨイへと手渡した。メルという姿を借りて語った、メル自身が体現する遺産を。

「遺産…旧世紀の文明や文化、あと魔法…みたいなの、じゃないみたいね」
『旧世紀の人類は、自らの愚かさを記録した我の他に…何も残せはしなかった』

 旧世紀の人達は、システムに種の断絶を言い渡されて尚…同じ種同士で争った。滅びを望む者は、塔へ集いて古龍を統べる。そして対するは、今の世に名を残す御伽噺の封龍士…老山龍の翼を奪った絶一門や滅一門。轡を並べて古龍と戦う、彼等でさえ互いに争ったと言われる。
 だから残せなかった…残す価値があるものを何も、自らの文明と文化に見出せなかった。だから老山龍を捕獲した時、無限の寿命を持つ古龍の中でも、高い知能と知性を持つ彼を説き伏せ託したのだ。ただ記憶し、記録として後世に伝える事を。

『我は追われる身…次なる絶血の子を求め、新たな旅路を歩まん。龍脈に導かれて』
「まって、老山龍っ!まっ…」

 確かにメルを受け取った。同時にイザヨイは精神世界の邂逅を終え、再び現実世界へと引き戻される。その手の中に確かに、メル=フェインの温もりを感じながら。彼女は確かに受け取った…老山龍の手から、旧世紀の遺産を。繰り返してはならぬ愚行の歴史と…それを経て生きる今を。何より、小さな金髪の少女に凝縮された、この星の未来を。未だ明かされぬ最後の謎、その鍵を握る一言を共に。

《前へ 戻る TEXT表示 登場人物紹介へ オリジナル用語集へ 次へ》