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「オイチチチ…二日酔イキタコレ!…オ?」

 朝靄に煙るココットは、もはや寒村を通り越して廃村の如き静けさ。広場に酔い潰れた亡骸の山から、ツゥは何とか這い出て立ち上がる。朝餉を準備する竈の煙も無く、一仕事終えて戻る鍬や鋤も無い…ただ広がる白い静寂の奥で、彼女は確かにその音を聞いた。鋼の刃が空を裂く、鶏声の剣が奏でる吐息を。

「おや、起こしちまったかい?アンタもなかなか飲めるクチだねぇ」
「ソウデモナイッポ…今ヤ世界ハ震度2カ3カ、ッテ感ジダナ」

 グワラグワラ揺れる頭に手をやり、ツゥは村の鍛冶屋と挨拶を交わす。まるで流す汗に乗せて、昨晩の酒気を発散させるかのように。ナル=フェインは一振りの大剣を振るい続けていた。その型は見事な物で、太刀筋はどこか名の知れた流派の香りが漂う。実戦で通用するか否かは別として。

「コレが私の流儀さね。つまるところ鍛冶屋ってのはっ!どれだけっ、剣にっ…愛されるか」

 鉄と骨をその手で穿ち、曲げ融かし、束ね固める…鍛冶職人とは、この世のあらゆるマテリアルに愛された者達を指す。生半可な努力で為せる事も無く、その大成に才能は不可欠。そして一流と呼ばれる者達の数だけ、剣を打つ為の手順は無数に存在するのだ。多くの場合は彼女同様、対話より始まるが。

「シッカシ、随分ト使イ込マレタ剣ダナ…ばすたーぶれいどカ?」
「普通じゃお眼にかかれないねぇ。誰もが皆、さっさと強化しちまうからね」

 その剣は通過点…誰もが一度は握るものの、誰も使い込もうとは思わぬ剣。生まれた時から既に、次なる強化に備えるだけの剣。故に、使い込まれてくたびれた、それでも手入れの行き届いたバスターブレイドなどは、滅多にお目にかかれない。世に名だたる名刀名剣であれば、年期の入った業物を見る事も少なく無いが。

「ソレガアノ娘ッ子ノ剣カ。流石ニ大量ノいーおすヲ斬ッタダケアッテ…」
「ああ、もう寿命さね…この剣自体はね。だが、次がある…今、見え初めてるのさ」

 工房に持ち込まれた一振りの剣。既に砥石ではどうにも為らぬ程に刃毀れしたバスターブレイド。その持ち主は意を決して、遂に愛剣の強化を決断した。ナル=フェイン最後の客は、ココット防衛の影の功労者。だから今、彼女は剣に問う。その柄に、鍔に、刀身に…いたるところに刻まれた、振るい手の面影に問い続ける。

「お前は…何に為りたい?火竜をも裂く鋼の牙か?仲間を守る無敵の盾か?それとも…」
「何ニセヨ、実力ニ見合ッタ一振リニ化ケソウダナ…ン?アレハ…めるちょ?」

 鳥のさえずりを引きつれ、広場を横切るメル=フェイン。真紅の角刀を背負った彼女は、気付いた二人に軽く手を振り…村の外れへと消えてゆく。その大きな瞳は、新たな決意を湛えながらも、決して悲壮感に曇る事無く。昇り始めた日の光を浴びて、眩い輝きを放っていた。
 ここ数日の間で、メル=フェインはかなり大人びた感じがする。すぐさま後を追い、横に並んでその顔を覗き込むツゥ。感情に身を任せて、無茶と無理を繰り返した少女時代は、もうすぐ終わりを告げようとしていた。

「おはよ、ツゥさん…頭痛いっしょ?にしし、メルもだよ」

 二日酔いのツゥをからかいながらも、メルは村はずれの一角に足を止めて。背の剣を下ろして、古びた台座の前に立った。そこには嘗て、ココットの英雄の剣が突き立ち、この村を見守っていた…今はただ、台座に相方を失った盾だけが、寂しげに安置されている。

「めるちょ、行クンダロ?ダッタラ剣ハ…」
「ううん、ハンターの剣はやっぱ、自分で狩って自分で造らなきゃ」
「ソカ…今度ハめるちょガ丸腰ダナ。さんく同様、無力ヂャネーケド」
「そそ、だから…いい剣だけど、この子はめるの剣じゃないんよ。この子はっ」

 ヒュン、と剣を翻して。メルは台座に剣を突き立てた。元々、村長の片手剣が刺さっていた穴は、細身の太刀をするりと飲み込む。ツゥの目線の高さに、太古の文字で刻まれた言葉が金色に光った。天上天下…空の彼方より地の此方まで。その剣の力を持ってすれば、世の全てへ覇を唱える事も容易い。が、メルは小さな祈りを込めて、あるべき場所へと剣を納める。嘗て村長の剣がそうだったように、この村を見守って欲しい…自分が旅立ち、二度と戻れぬ愛する故郷を。

「天上天下無双刀、だっけ?キミ、この村を守ってよ…ずっと、ずっと」
「俺モ一ツ拝ンドクカネ…御前サンハ村ヲ守レ。御前サンノ主ハ…俺等デ守ッカラヨ」

 まるで大地に根が生えたように。その剣は風景の一部へ溶け込んでいった。朝日を浴びるその刃は、これから風雨にさらされながらも、末永くこの村を見守って往くだろう。柄には囀る小鳥が舞い降り、一時姿を消す村の、これからを暗示するかのよう。腰に手を当て、満足気に鼻を鳴らすメル。ツゥも黙って隣で、いつまでもその光景を眺めていた。

「…ルさーん!メルさんっ!居た、こんな所にっ!メルさん、イザヨイさんがっ!」

 粛々とした雰囲気を突き破って。トリムはメルを見つけるなり、眠りの龍姫の名を呼んだ。今、再び物語の歯車が噛み合い、カーテンコールの幕が開く。長い長い終幕に終わりを告げる、運命と旅立ちの目覚め。

「ほらね、ツゥさん…言ったっしょ?単なるオネボーサンだって」

 駆けつけたトリムは、台座に安置された無双刀を不思議そうに見やり、微笑むメルと交互に見比べる。この村で再会した時の危さはもう、そこには微塵も感じられない。抜き身の刃のようだったメル=フェインはもう、どこにも居はしなかった。ココットの新たな英雄も。居るのは、旅立ちを控えて相棒を迎える、ただ一人の少女ハンター。ただそれだけだった。

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