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「二人とも高台へ!アイツが…」

 ヴェンティセッテが叫びながら、転がるように掛けて来る。その表情は普段にも増して血の気が失せ、恐怖に凍り付いて。振り向くクリオもカロンも、瞬時に有事の訪れを感じ取った。それが尋常ならざる危機である事も。その証拠に、平和で穏やかな空気が引き裂かれ、戦慄が場を支配する。

「…走るぞ、遅れるな!」
「ま、待って下さい!ああもうっ、何です何がいったい…」

 それは砂煙をもうもうと引き連れながら、地中深くを進み来て。逃げ惑うアプケロス達と入れ違いに、狩人達のすぐ目の前へ浮上した。巻き上げられた砂が雨の様に降り注ぐ中、クリオは手を振るヴェンティセッテの方へ走る。途中で遅れるカロンを引き摺り、並走を諦め担ぎ上げながら。
 漆黒の巨躯が翼を広げて、高らかな咆哮と共に現れた。常軌を逸した巨大な角竜は、噂に名高い閃龍ディアブロス。その特徴的な隻眼片角を見ずとも、全身から発散される威圧感を肌で感じれば、自ずと知る事が出来る。滾る闘争心に唸りを上げる、その角竜こそがこの砂漠を二分する暴君の片割れなのだと。

「…何が始まる?いや、聞くまでも無いか」
「ええ…最近の砂漠でのの異変は、今日という日の、今という時の為に」

 小高い丘に登り、岩陰に身を潜めて。息の上がったカロンを放り出すと、クリオはヴェンティセッテと肩を並べて覗き込む。この砂漠と言う過酷な環境で、ヒエラルキーの頂点に君臨する双璧が…今正に、彼女達の眼前で相対していた。
 一変した空気に呼応するように、ユックリと鋭龍モノブロスがその身を起こす。そう、彼は待っていたのだ…ただ静かに、漲る血潮を身に秘めて。達人が精神を統一するかのように。それが今、短く一声吼えると同時に開放され、両者の殺気が周囲に充満した。

「カロンさん、帰ったらレポート提出お願いしますよ」
「…幸運だったな、書士殿。二度とは拝めんぞ…この闘い」

 二匹の銘入が互いを求めて対峙し、雌雄を決しようというのだ。確かにクリオが口にした通り、砂漠の覇権を巡るこの闘いに二度目は無い。一度角を交えて牙を剥き合えば、どちらかが生き残り、どちらかが打ち倒されるのだから。それこそが大自然の摂理であり、絶対の真理。

「始まる!この闘いの勝者こそが、広大な砂漠に君臨する…」
「熱砂の王たりえる訳ですか。レポート、手伝って下さいよ?ヴェンティセッテ君」

 全てはこの瞬間の為に。閃龍はただひたすら、手当たり次第に角竜を排除し続けた。それは恐らく、倒すべき敵を想定してのプラクティス。自らに匹敵する巨大な角竜さえも、百戦錬磨の閃龍にとっては、肩慣らしにしかならない。自ら望んで闘いを挑み、その全てに勝利して尚求め続け…来るべき対決の時へと、己のテンションを高めていたのだ。
 それに対して、ここ最近の目撃例が途絶えていた鋭龍もまた同じ。ただ静かに闘いの時を待ち、その身を休めていた。無論、ただ無為に時を過ごしていた訳ではない事を、クリオ達が知るのは暫し後の事…決着がつく瞬間の事だったが。そして今、両者は互いに万全の状態でこの時を、望むべくして迎えたのであった。

「…どちらから仕掛ける?閃龍か鋭龍か、どちらだ!?」

 互いを威嚇するように低く唸りながら、互いの尾を追うように。二匹の角竜は激しく睨みあいながら、時計回りに円を描く。その半径が徐々に狭まり、必殺の射程圏内が重なり合う瞬間。耳を劈く咆哮が轟き、二匹の獣は同時に地を蹴った。

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