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「こっち!ウィルさん、こっちです!」
「クソッ、もうおっ始めやがったか…こいつぁ大勝負だぜ」

 大地を揺るがし、大気を震わせ。二頭の角竜が巨体をぶつけ合う。互いの命と砂漠の覇権を賭け、漲る闘争心を剥き出しに吼える閃龍と鋭龍。共に規格外の巨躯を誇り、数多のハンターズを血祭りにあげて来た、正に「龍」の銘を冠するに相応しい威容。その対決を目の当たりにしては、誰もが固唾を飲んで見守る他無かった。既にもう、両者へ分け入る事が出来るモノなど存在しない…例えそれが伝説の黒龍でさえ。

「おひゃーっ、凄ぇ迫力ッス!…先輩?どしたスか?」
「…フフ、震えが止まらない。良く見ておけ、サンク…銘入の『龍』たる所以を」

 無理もない…ヴェンティセッテも汗ばむ掌に震えを感じていた。恐怖に己が震えているだけではない…自分を包む空気が震えているのだ。まるでそう、沸騰したかのように。傍らのクリオがそうであるように、自分がそうであるように…恐らくウィルもまたそうだろう。傭兵団《鉄騎》の百人隊長は、普段の饒舌が影を顰め、押し黙って微動だにしない。

「これは凄い、噂以上です!目測で見る所の、大きさでは閃龍の方が一回りは…」
「おっさん、も少しそっちに寄るスよ…邪魔、見えないッス〜」
「あわわ、インクが零れるっ!何です、貴女こそ端に…あっ!」
「おほーっ!凄…凄過ぎるッス!こりゃ、どっちが勝つんスかね!?」

 その答は正に、神のみぞ知る…少なくとも、どちらが勝者となってもおかしくは無い。狩人としての知識と経験が、ヴェンティセッテに教えてくれる。雌雄を決する二頭の角竜は、全てにおいて互角…少なくとも、図書院の僅かな記録を思い出す限りでは。そして恐らく、ハンターズギルドや傭兵団《鉄騎》でも、同じ結論を下すだろう。その証拠に、クリオもウィルも二頭の一挙手一投足に眼を凝らして動かない。
 そんな中、カロンは何かに取り憑かれた用に筆を振るう。もどかしげに広げた羊皮紙をたぐり、仔細も見逃さずに書き留めてゆく。やはり彼もまた、貪欲なる探求の徒…王立学術院の書士なのだ。既に当初の目的も忘れ、サンクを押し退け夢中で二頭を観察する。なまじ狩りに関してド素人なだけに、眼前の光景にも怯む様子は無い。そしてそれは、彼の横で歓声を上げる少女も同じなのだろう。

「ん?どうしたよ、何が可笑しい?」
「あ、いえ…あの人も書士なんだなぁ、と思ってつい」
「…ああ、フリックから聞いた通りの…ん?妙だ、見ろあれを」

 騒がしいカロンとサンクを他所に、三人は世紀の決闘を見守り、その結末に想いを馳せる。全身全霊で互いに挑む両者は、必ず勝者と敗者を別つ瞬間を迎える。その刻を見逃すまいと、眼を凝らし耳を済ませて…砂煙舞い咆哮轟く、熱砂のコロシアムに感覚を集中させる。そして最初に、その異変に気付いたのはクリオで。ヴェンティセッテが確認した時、その意図をウィルは読み取っていた。

「そう言えば…何だろう、どうして…?」
「何です?何がです、ヴェンティセッテ君!詳しく説明して下さい」
「先輩、何が妙スか?ありゃどう見てもガチンコ勝負スよ…」

 漆黒の巨体を震わせ、閃龍ディアブロスが突進を繰り返す。迎え撃つ鋭龍モノブロスも激しく抵抗し、傍目には両者互角の攻防に見えたが。互いに傷付きながらも、流れる血の量に比例して闘志は高まるかのよう。だが、殺気に満ちた闘争の空気に慣れ始めた狩人達の目は、些細な異変を見逃さなかった。

「書士さんよ、御嬢ちゃんも。角竜の最大の武器は何だ?」
「何を今更…ゴホン、それでは不肖私めが解説してさしあげま…」
「あーもう、難しい話は駄目ッス!解りやすく!なるべく簡単に!」

 敢えてウィルは語らなかった。クリオもヴェンティセッテも気付いたが…その訳まで知り得たのは彼だけ。否、感じたのだ。それはウォーレン=アウルスバーグが生粋の剣士だったからに他ならない。今、彼の脳裏で点と点が線を結び、一つの答を導き出していた。それを真っ先に伝えるべき者を、無言で見詰めるウィル。だが、サンクは小首を傾げて眉を顰めるだけだった。

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