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 天空山(てんくうやま)のベースキャンプ、狩りへと出発する前の緊張した時間。
 オルカは武器と支給品のチェックを終え、手持ち無沙汰(ぶさた)の中で胸元に封筒を思い出す。それを取り出し、中の便箋を開けば自然と頬がほころんだ。
 そこには、汚いミミズがのたうつような字で、知り合いが想いを書き(つづ)っていた。
「エル……もうちょっと、丁寧に書いて欲しいなあ。読み難いよ、ふふ」
 オルカが読んでるのは、遠く離れたバルバレから送られたエルグリーズの手紙だ。その一文字一文字に、彼女が肌で感じて目で見て耳に聴きとった全てが書き留められている。稚拙(ちせつ)な文章と下手糞な文字は、それを全身全霊で伝えてくるのだ。
 エルグリーズはどうやら、遥斗たちと無事に合流して、樹海の奥底へと挑んだらしい。
「そっか、イャンガルルガが……研磨剤(けんまざい)も無事に手に入ったみたいだね」
 ひとりごちるオルカの声に、仲間のアズラエルやジンジャベル、ト=サンといった面々が振り返る。気付けば自然と、狩りの仲間たちはオルカを囲んで手元を覗き込んでいた。
「エルグリーズからの手紙か。どうだ、首尾は?」
「エル様なら問題無いでしょう。殺しても死なない(たぐい)の顔です、あれは」
「見せて見せてー、どれどれ〜! ふむ! ふむふむ! おおー、イャンガルルガ」
 たちまち賑やかになる周囲に微笑みを返して、オルカは手紙の先を読み進む。
 エルグリーズは遥斗やクイント、それに兄のイサナを伴い、遺跡平原の奥へと踏み入ったらしい。そこで待っていたのは、巨大な翼を翻す怪鳥種、イャンガルルガ……突然変異とも言われる珍しいモンスターだ。
 激闘を制してイャンガルルガを討伐したと書かれていて、オルカは胸を撫で下ろす。
「えっと、なになに……ガルルガの素材で防具を作って、研磨剤で例の剣も磨いたって」
 オルカがそこまで読み上げて周囲を見渡すと、三人の仲間たちはそれぞれの反応を見せた。アズラエルは無反応という反応を返し、ジンジャベルが「おおーっ!」とその場で飛び跳ねる。ト=サンは腕組み唸ると頷くだけだった。
 尚もオルカは手紙を読み進める。
「えっと、それで……あ、いや、うーん……まあ、上手くいったらしいよ」
「えっ? なになに、オルカさん! 手紙、もっと読んでよ! エル、いつ帰るって?」
「よしましょう、ベル様……私には不思議と、なにが書いてあるかわかりますし」
 続いてウンウンとト=サンが頷く。
 だが、ジンジャベルが続きをせがむので、オルカは便箋を渡してやった。
「えっと、なになに……その後、遥斗と……? え、うわー、なんか……うわーだね、これ。え、でも待って。そのあとずっと? え、うーん、それって……げ、フシダラ……」
 つまりそういうことなのだ。
 めでたく強敵を排して目的を達成し、エルグリーズはバルバレでよろしくやっているらしい。オルカは読み上げなかったが、難関を突破したエルグリーズの酒池肉林の毎日が手紙には書かれていた。どうやらエルグリーズは、クイントが誘うままに肉欲の限りを満喫した挙句、遥斗とよろしくやってるらしい。
 手紙をくしゃりと握り締めたジンジャベルが、シュボッ! と赤くなった。
 やれやれと肩を竦めつつ、オルカは立ち上がる。
 そんなオルカに、支給品の配分を終えたト=サンが声をかけてきた。
「エルグリーズの方は心配ないみたいだな」
「え、ええ……その、心配したくなるのは遥斗の方で」
「なに、それも大丈夫だろう。犠牲は最小限で済むにこしたことはない」
「……遥斗は、うーん……ま、まあ、大丈夫。だと、思い、ます」
「それより、今日の我々の方が肝心だ。大一番の大勝負になりそうだからな」
 そう言ってト=サンは自分が持ち込んだ爆薬の大タルを確認する。どれもト=サン自身が調合した高性能爆薬を詰め込んだ爆弾だ。いざとなればいつでもベースキャンプから持ち出せるよう、テントの脇にロープでまとめてある。
 使うこと無く狩りが終わればいいと思いつつ、同時に頼れるト=サンにオルカは自然と胸を撫で下ろす。爆薬のスペシャリストであり、頼れる片手剣使いのト=サン……その存在がありがたく思うほどに、これから挑む狩りは過酷だ。
「では、そろそろ出発しましょうか……オルカ様、皆様も」
 先にボウガンの弾薬を整理し終えたアズラエルが出口に立って皆を振り返る。
 今日の狩りは、この天空山に巣食う火竜の狩猟……それも、雌雄一対(しゆういっつい)の夫婦を同時にである。天空山の謎を解き明かす上でも、山の主として君臨するリオレウスとリオレイアの狩りは必然とも言えた。
 以前、凶暴にして凶悪なリオレウスと遭遇してることもあり、油断はできない。
「さて……そうだね、そろそろ気を引き締めないと。みんな、準備はいい?」
 ジンジャベルから受け取った便箋を封筒ごと胸元にしまって、オルカも立ち上がる。今日はジンジャベルがいてくれるから、いつもの操虫棍(そうちゅうこん)ではなくスラッシュアクスを持ってきた。基本的な戦術としては、ト=サンとオルカで前衛を務め、火竜の攻撃を散らして受け止める。その合間に空中戦はジンジャベルが制し、援護射撃を兼ねた火力制圧でアズラエルがダメージディーラーを務めるという算段だ。
 いつでもモンスターハンターたちは、自分の持てる限りの戦術を駆使する。
 綿密な計画をいつも立てるが、それがそのまま通用することは少ない。
 それでも、狩人たちは狩りの前に準備する時間を惜しまない。そうすることでしか、自分の生存確率を高められないから。今できる最善を講じなければ、狩場に出た瞬間、獲物と対峙した刹那に後悔だけが先走るから。
 モンスターハンターの狩りは、獲物を狩ると決めた瞬間に始まっているのだった。
「今日の獲物は、(つがい)の火竜……でも、目撃情報は少ないし、正確なことはなにもわかっていない。ただ、夫婦の強力な火竜ってことだけ。これはもしかしたら」
「うむ……雌が亜種や希少種である可能性も捨てきれぬ」
「ええっ! ちょ、ちょっと待ってよト=サン。亜種はともかく、希少種って」
「私は以前、ミナガルデで金色と銀色の火竜を見たことがあります。手強いですが、基本的に同じ火竜ですよ、ベル様。捕獲もできますし」
 アズラエルの言う通り……しかし、確固たる情報がないことだけが胸騒ぎを呼ぶ。オルカたち四人が今から挑むモンスターは、火竜であるという以外に情報がないのだ。
 用意できるものは全て用意した、備える全てを備えてきた……だが。
 今でもオルカの胸には、他の三人同様に不安が募る。
 だが、それは狩場に生きる狩人の常だ。いついかなる時も、安全で安心な狩りというものは存在しない。それがたとえ、王侯貴族が用意した闘技場の対決であれ、手負いの獣を追う追撃戦であれ……相手が明確な中でのクエスト、既に用意された獲物を狩るだけの仕事であっても同じだ。
 モンスターハンターは命を賭けて獲物を狩る……獲物の良し悪しは選べぬのだ。
「じゃ、行こうか。鬼が出るか蛇が出るか……この狩り、気が抜けない」
「はーい。あー、いいなあエルは……今頃遥斗とイチャイチャしてるんでしょ? ……ぐぬぬ、ボクにもそゆ人がいたら……ん? なに、クルクマ? ……油断するな、って?」
 ジンジャベルは相棒の猟虫(りょうちゅう)と語らうように、腕に乗る昆虫と話し出す。
 その姿へ目を細めつつ、ト=サンもアズラエルもキャンプを出て行った。
 後を追うようにオルカも走り出す……既にもう、狩りは始まっていた。
「行こう、ベル……今日も君に頼ることになるかもしれない」
「あ、うん! 任せてよ、空中の敵は逃さないし、乗りも狙ってみる!」
「その調子で頼むよ。今回は二匹の同時狩猟だから、乱戦になったら」
「ふふ、無茶はしないよ。でも、ボク……ちょっとワクワクしてる! アズさんが言ってた金銀の火竜もだし、亜種は蒼と桜だっけ? ……いるなら少し、見たいかなって」
 エヘヘ、と緩い笑みを浮かべて寄ってきたジンジャベルの、その頭をオルカはぽんぽんと優しく叩く。
 彼ら四人の狩りはもう始まっていたし、オルカの緊張感も接敵を前にピークを迎えている。全身が強張るような中に、確かな充足感があった。全身の血潮が指先にまで行き渡る、それがわかって感じるかのような高揚……そして、興奮。
「よし、じゃあ行こうか。俺たちもエルに負けてられない……エルが(うらや)み歯噛みするような狩りを、今日。それって、きっと俺らの明日に繋がるから、さ」
 それだけ言うと、オルカはジンジャベルを連れてベースキャンプを飛び出す。
 既にマッピングを終えている天空山の狩場は、普段とは違う空気で狩人たちを飲み込んでいった。

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