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 冒険者たちは皆、ホムラミズチ討伐の準備を始めた。ある者は金剛獣ノ岩窟(コンゴウジュウノガンクツ)を先へと進み地図を埋め、またある者は採取や伐採、採掘で武具の充実を図る。
 そんな中、ポラーレもまた新たな力を求めていた。
 そのために今、仲間との模擬戦で刃を振るう。だが、百戦錬磨の老練なモノノフは、ポラーレの精密に過ぎる攻撃の全てを(さば)いてみせた。
「避けられた……!? また」
「ふむ、よい太刀筋ぞ。だが、実直に過ぎる。そう急所ばかりを狙われては、な」
 男の名はヤマツミ。イクサビトの里では誰もが一目置く剣豪だ。先日、弟子のミツミネやイナンナと共に、ヴィアラッテアの仲間となった。主にギルドの相談役として、若手の育成を手伝ってくれるのだが……イクサビトに伝わる秘術を、最初にポラーレへ伝授しようとしていた。
 だが、語って伝わる技ではないと、刃を交えて既に半時(さんじゅっぷん)
 不思議なことに、あのポラーレが一本も取れぬまま、いつしか修練は激闘へと変化していた。
「くっ、ここは距離を! 投刃で――」
「そう、一撃離脱を信条とし、失敗すれば下がることをいとわぬ決断力。だがっ!」
 飛び退きつつ、指と指の間へ浮かべた投刃を放るポラーレ。だが、自分が後退(あとずさ)るポラーレに倍する速度で、白刃を引き絞るヤマツミが一足飛びに踏み込んでくる。
 セフリムの宿の中庭、晴れた空へと弾かれた投刃が舞った。
 同時に、刃を返した峰打ちの一撃が放たれ、ポラーレの細い胴を薙ぎ払う。
 全身に痺れるようなダメージが走って、ポラーレはその場に大の字に倒れ込んだ。
「……完敗、です。流石は里でも最強のモノノフ……僕が、手も足も、出ないなんて」
 青く澄んだ空に今日も、たゆたう雲が高く遠い。大地に身を浸して天を仰ぐポラーレは、自分でも信じられない敗北に、どこか清々しさを感じていた。
 ――これが、造られた強さの限界。
 錬金術の産物、人造生命であるポラーレの強さは、その特殊な肉体構造に由来する。強靭な身体に宿る、人智を超えた運動性と機動性、そして生命力。だが、それらは全て与えられた力に過ぎない。
 対して、人は皆、自らの積み重ねで己を磨く。イクサビトもウロビトも同じだ。
 その力の()(しろ)を、ポラーレは自分には持てないものと思っていた。……今日、この日までは。
「なに、最強のモノノフとはワシにあらず。ま、その話はおいおい……それより」
 ヤマツミは手にした太刀を納刀すると、腕組みポラーレを覗き込んでくる。
 その顔には、歴戦の猛将が強者を見詰める眼差しが鋭く光っていた。
 だが、表情は驚くほど柔らかい。
「キバガミ様より預かりし、この双牙武典(ソウガブテン)……二つの牙をもって顎門(アギト)とする奥義。これがあればポラーレ殿はまだまだ強くなる」
「僕が、強く、なる」
「左様。生命はすべからく、生きる強さに満ち満ちておる故」
 生命という言葉が、自分に当てはまるかどうか。ポラーレはずっと猜疑的(さいぎてき)に思い生きてきた。それでも生きてきたと自負できるのは、守るべき家族がいてくれたから。そのために生命を殺めて糧を得る日々は、大事な愛娘と共に……確かに、生きていた。
 だが、今は違う。探求の旅を生業(なりわい)とし始めてから、その意味がポラーレの中で変わっていた。
「僕は、強く……なる。まだまだ、強く、ならなければ」
 ポラーレはそっと手を伸べ、宙へと見えない何かを掴みとる。
 ヤマツミに打ちのめされた肉体はまだ、腕一本動かすのが精一杯だった。
「その意気やよし! ……さて。そちらの首尾はどうですかな? アルマナ殿」
 不意にヤマツミは眼光鋭く、庭の大樹へと視線を細めた。
 すると、木陰から男装の麗人が一人現れた。ポラーレは驚く……ヤマツミとの模擬戦に集中していたとは言え、アルマナが近くに潜んで見守っていたことに気付けなかったのだから。
「お邪魔をしてしまったでしょうか、ヤマツミ殿。ポラーレ殿も」
「いや、僕は」
「構わんよ。なかなかに面白い見せ物であっただろう。この御仁(ごじん)ときたら、真面目に過ぎるのだ。ワシは、この御仁にこれからモノノフの技を叩き込むところよ」
 現れたアルマナは、この暑い中でも、全く肌を露出させていない。首元にはスカーフを巻き、指先まで手袋で覆った徹底ぶりだ。それでも汗一つかかない彼女は、手に一振りの太刀を握っていた。
「今、ラミューさんはロードワーク中です。基礎体力からやり直しというところですね」
「はは、手厳しい! 流石はさる王国で三銃士と呼ばれたご婦人だ」
「……昔の話です。それより」
 歩み出たアルマナは、ポラーレの寝転がった視線を避けるように、ヤマツミの前で剣を差し出す。
 それは不思議な太刀で、鞘の内側に何か禍々しくも神々しい氣をポラーレは感じていた。
 ヤマツミも静かに「ほう」と片眉を跳ね上げる。
「この太刀を……旅の途中、さる高貴な方よりお預かりした物です」
「なぜ、かようなものをワシに?」
「災厄迫る土地にて、相応の使い手に託せと言われました。太刀ならばやはり、モノノフの重鎮であるヤマツミ殿に託したいのです」
「しかし……むう!」
 その太刀を手にしたヤマツミは、瞬時に表情を激変させた。
 僅か一瞬で刃との対話を終えたその顔には、大粒の汗が毛並みを撫でて滴る。
「これは……この、太刀は……」
「銘を天羽々斬(アメノハバキリ)と。南海の世界樹、その根が至る地の底で、(くら)海淵(かいえん)禍神(マガツガミ)より削り出した一刀とか」
 ヤマツミはその柄に手を掛け、抜刀を試みつつも躊躇い、そのまま固まる。
 神魔をも(ほふ)る究極の剣は、その刃紋(はもん)すら見せずに鞘の中へ眠り続けていた。
「どうか、その太刀をお預かりください。……私には、扱いきれませんでした」
「……承知した。ではお預かりし申す。じゃが、これを抜くは恐らく」
 ちらりとヤマツミはポラーレを見た。
 まだ身体の麻痺したポラーレは、その意味がわからず大の字に首を傾げた。
 そんな時、息せき切って一人の少女が現れる。
「ハァ、ハァ……姉御、アルマナの姉御! 走って、きたぜ……5キロ、全速力で」
 膝に手を当て呼吸を整えるラミューが、その通りの良い鼻梁(びりょう)から玉の汗をこぼす。タンクトップにホットパンツ姿の彼女は、そのままポラーレの頭上で大の字に倒れこんだ。形良い胸の双丘を上下させるその姿は、どうやらかなりハードに走り込んできたらしい。
 息を荒げるラミューもまた、大地を背にした頭上にポラーレを見上げてくる。
「おう、旦那……そっちはどうよ? くっそ、体力には自信あったんだけどな、オレ」
「僕も、まさか、一対一でこんなに……でも、不思議と清々しい気分、なんだ」
「姉御な、一緒に走ってたんだけどよ。途中から見えなくなって……クソ、汗一つかいてやがらねえ。かわいくねえぜ、チクショォ」
「はは、随分と絞られてる、みたいだね。グルージャも、ヨルンの講義で目を回してたよ」
 今、二つのギルドの冒険者たちは、修練を持ってホムラミズチに挑もうとしていた。
 誰もが今、新たな力を求めて己を鍛え、技を磨いて戦いに備える。
「ラミューさん、次は剣をお教えします。貴女の剣は我流、型が全くなっていませんので」
「へいへい、わーったよ! わーった……その、前に、少し、休ませろい」
「休んでいては特訓になりません。身体に負荷をかけていかなければ。……やめますか?」
「冗談っ! オレぁ強くなるんだ……今よりもっと、これからもずっと! っしゃあ!」
 ラミューは飛び起きると、二の腕に結んでいた赤い頭巾を解く。それを頭に巻いて髪を抑えると。アルマナが放る剣を受け取った。
 ポラーレもまた、軋む身に鞭打って立ち上がる。


「そうだ、僕は……僕らは、強くなる」
 それは、もはや家族を守るための強さではない。
 これから仲間と進み、家族を連れてゆく強さだ。
「よしよし、立たれよポラーレ殿。モノノフの技、全身全霊で刻み付け申す」
「よろしく頼むよ、ヤマツミ。さあ、もう一本」
 タルシスを見下ろす蒼穹(そうきゅう)は今、冒険者たちの熱気をはらんで、どこまでも青く広がる。響く声と剣戟(けんげき)を吸い込み、静かに風だけが吹き抜けていった。

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