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 今日もタルシス中の冒険者たちで、(おど)孔雀亭(くじゃくてい)は大混雑だ。まだ日も高いのに、あちこちでグラスとグラスが乾杯を歌っている。老いも若くも男も女も、賑やかな雰囲気の中で思い思いにくつろいでいた。
 グルージャはと言えば、同世代の仲間たちとブランチの真っ最中。朝食には遅過ぎるが、昼食には少し早い時間……健啖家(けんたんか)のメテオーラが調達してきた料理が、ここぞとばかりにテーブルを占領していた。
「ヘイ、サーシャ。ありゃ何やってんだ? お前んとこのクラッツとフミヲだぜ」
 ラミューがフォークを向けて、並んだ仏頂面(ぶっちょうづら)の片方へと語りかける。
 その間も彼女は、オムライスの中からグリンピースを弾き続けていた。
「あれか。ウロビトの導師に力を引き出してもらってるそうだ」
「イクサビトの方でも受け付けてる……ラミューも行けば? あと、お行儀悪い」
 サーシャの言葉にグルージャが続く。この印術師のコンビは、無表情に抑揚のない声でラミューの視線を目で追う。その先では、トライマーチのクラッツとフミヲが、ウロビトの前で座禅を組んで精神力を集中させていた。
 それも終わったのか、二人はウロビトの導師が頷くや立ち上がる。
「っしゃあ! これで俺も強くなった気がするぜ! へへ、腕が鳴らぁ」
「これ、ウーファンさんから預かった深森古経(しんしんこきょう)です。……って、待ってよクラッツゥ!」
 慌ただしい少年少女、に見える少年と少年が、ドタバタと酒場を出て行った。
 深森古経を受け取ったウロビトの導師も、小さな微笑みと溜息を零す。
「へえ、あれで強くなれんのかねえ。まあ、ウーファンが言うなら間違いねぇだろうけどよ」
 そう言ってラミューはまだ、グリンピースを排除する簡単なお仕事に戻る。
 そんなやり取りが行き交う間もずっと、メテオーラは夢中で丼の飯をかっこみ、箸をアチコチの皿へと突き立てていた。その食いっぷりたるや、見ているラミューが満腹感を感じるくらいだ。
 そのメテオーラだが、めちゃくちゃな手つきで箸を操り、分厚い叉焼を頬張る。
「はふはふ! ふほほ……こんの肉、やんわらかーい! うまーい!」
「……おめーもよく食うな。ほら、飯粒ついてんぞ」
 ラミューはほくほく笑顔のメテオーラへ手を伸ばし、その頬から米粒を取ってやる。その間ももごもごと礼を言いつつ、彼女は忙しそうに食事を続けていた。
 そんな時、可憐で典雅な声が一同のテーブルへと加わった。
「遅くなりましたわ。ちょっとカーゴ交易場に寄ってきましたの」
「よぉ姫。早く座んな。急いで食べねえと、メテオーラが全部食っちまうぜ?」
ふぉんはほほはひほー(そんなことないよー)ふぁいほーぐ(はいフォーク)!」
 メテオーラはもぎゅもぎゅと咀嚼しつつも、取り皿に次から次へと料理を取り分け、それを現れたリシュリーの前へ並べてゆく。
 だが、優雅に礼を述べたリシュリーは、まずは手にした封筒を開封した。
「お、手紙か? へえ、姫の国からの便りってとこだろ」
「違いますわ、ラミュー。これはソラノカケラのメビウス様からのお手紙ですの」
「へー、ソラノカケラの……お? 今、メビウスって……!?」
 その瞬間、テーブルを囲む少女たちが固まった。
 最初に時間を取り戻したのは、「ぶふぁげ!」と驚きのあまり食事を喉につまらせたメテオーラだった。彼女は急いでグラスの水を飲み干し、ドムドムと胸を叩きながら……呼吸が戻るや身を乗り出した。
「ソラノカケラ! メビウス! ハイ・ラガート公国の世界樹を制した、無限(リボン)の魔女!」
 その名を出されて、グルージャとサーシャも顔を見合わせている。


 無理もない……メビウスの名を知らぬ冒険者など、この辺境のタルシスでもいないだろう。遥か北方の世界樹を踏破し、天空の城より諸王(しょおう)聖杯(せいはい)を持ち帰ったという、もはや伝説の冒険者……それがメビウスだ。そして彼女の名声は、南国のアーモロードをも救ったことで、神話の域まで高まったと言っても過言ではない。
 だが、そんなメビウスからの手紙を握るリシュリーは、ほわほわといつもの天然笑顔だ。
「ご存知なのですか、メテオーラ」
「ご存知ですとも! ってかね、リシュ。知らない人の方が少ないと思うよ?」
 うんうん、とラミューも腕組み頷くしかない。
 そして思い出す……この、笑顔が眩しい異国の姫君もまた、そんな伝説の一ページに名を刻まれた冒険者の一人なのだ。名門トライマーチのメンバーとして、ソラノカケラのメビウスたちとアーモロードを救った英雄。本人は決して多くは語らないが、それだけの名声が彼女の華奢な肩には乗っかっているのだ。
 羨ましいと思う反面、ラミューはそのことを誇らず驕らないリシュリーが好きだった。
 そのリシュリーだが、手紙を広げて熱心に読み始める。
 一枚の紙片がこぼれ落ちたのにも気付かずに。
「姫、なんか落ちたぜ? ほらよ」
「そそそ、そっ、それはーっ!」
「なんだよメテオーラ、これが何か……って、おおう?」
「ソラノカケラのギルドカード! うおお、超レアい!」
 手の平サイズの小さなカードが、キラキラとラミューの手の中に光っていた。
 それは、ギルドの全ての記録が記された、いわば看板のようなもの。そして、白銀に輝くカードには、伝説のギルドに相応しいスコアが並んでいる。モンスターの撃破数に、入手した秘宝や財宝の詳細などが、簡潔に記されていた。
 ラミューも思わず息を呑んで、次の瞬間には言葉を失う。
 偉大なる先達(せんだつ)の記した足跡が、手の平の中で確かに息衝いていた。
「まあ、メビウス様ったらギルドカードを。わたくしもお送りしなければいけませんわ!」
「コッペペの旦那が持ってたな、確か。後で一枚もらって……ん?」
 くるりとラミューは、ギルドカードを裏返す。
 裏面には、もはや見慣れた地形が地図となって描かれていた。そこは本来、ギルドカードを交換した際にメモ書きを残すスペースだった。今は几帳面だか奔放だかわからない、自由気ままな書体が地図に添えられていた。
 自然とラミューはその文字を目で追って、書かれているままに口にする。
「親愛なるリシュリーへ、ぼくが以前立ち寄った際の置き土産をきみへ託す……だってよ」
 その後には、これまた簡潔に地図上の座標が記されている。そして地図は確かめるまでもなく、第二大地、丹紅ノ石林(タンコウノセキリン)だ。
 次の瞬間、ラミューはピンと来たし、隣のメテオーラがシャンと立ち上がる。
「こっ、ここ、これ! 宝の地図だよ、リシュ! ねね、そうだよね、ラミュー!」
「お、おうっ! どうみてもそうだな……」
 目を瞬かせるリシュリーの前で、ラミューも興奮が隠せない。
 伝説のギルド、そのギルドマスターが残した置き土産とは……それに今、心がそよいでるのもあるが。ラミューの気持ちは今、それとは別種の想いに熱量を感じていた。
 ――あのメビウスが、すぐ近くまで来ていた……自分がまだ小さい子供だったころに。
 英雄の足跡を、その記した証を確かめたい。
「でもラミュー、この座標……大雑把過ぎるわ」
「ああ。この表記に当てはまる地域は、それだけでかなりの広さだが」
 冷静なグルージャの言葉に、やはり平静なサーシャの声が重なる。
 緯度と経度を記してはいるが、確かにその上下が交わる地点はまだまだ絞り込めない。かといって、手当たり次第という訳にもいかない広さが凝縮されているのだ。
 さて困ったと思案に沈むラミューの後ろで、突然声が響いた。
「そんなこともあろうかとっ! わたしがとっておきの妙案を用意しておいたですぅ〜!」
 全員が振り向く先に、平坦な胸をこれでもかと張るシャオイェンの姿があった。
 その両手には今、不思議なロッドが握られている。金属を鍵状に折り曲げた、二本一対の奇妙な棒だ。それをシャオイェンは、小さく前ならえの要領で構えてみせる。
「このダウジングロッドで、ソラノカケラの秘宝を掘り出すですっ!」
 全員が固まったが、他に反論へ添える妙案が思い浮かばない。
 そしてシャオイェンは、どうだと言わんばかりに鼻息も荒く大きな瞳を輝かせていた。
「行って来たらどうだ、ラミュー。午後の仕事は私が代わりにやっておこう」
「お、サーシャ……どういう風の吹き回しだよ。いいのか?」
「いつもの五人で行って来い。リシュも気になってるようだしな」
 こうして、午後の退屈な資材整理作業はサーシャが代わってくれた。
 ヴィアラッテアとトライマーチの少女たちは、こうして一時間後には船上の人になっていた。

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