プレヤーデンは畏怖し、恐怖した。
凍土よりの使者は今、伝説の砲剣を手に低く唸る。
だが、凍りついた場の雰囲気を払拭するように、典雅な声が悠然と響いた。
「なかなか面白い余興だった。もう下がってよい」
誰もがその声を振り返り、立ち上がるこの国の皇子を見る。
バルドゥールは傍らの女騎士を手で制し、上座から獣人の戦士を見下ろしていた。
「ただ一人で帝国に、余に挑むとは
強張った空気へあっという間に、バルドゥールの覇気が満ちてゆく。
帝国の皇子である前に彼もまた、一人の騎士なのだ。
「おお、殿下! それには及びませぬ!」
「我ら帝国騎士、殿下のために命を捨てる覚悟!」
「左様、殿下がお出になるまでもありませぬ!」
ミナカタと名乗った武人の
だが、ミナカタの表情には
「笑止! 我が友の剣にかけて……立ち塞がる全ては、噛み砕くっ!」
吼えるミナカタへと、帝国の騎士たちが一斉に襲いかかった。
だが、再び近衛限定砲剣"
「それにしても、何故イクサビトが砲剣を……しかも、あの零はまるで新品のよう」
プレヤーデンの視線は自然と、白煙をあげて冷却される近衛限定砲剣"零"へと吸い込まれる。そのモーター音を聞くだけでも、手入れの行き届いた一振りだと彼にはわかるのだ。
プレヤーデンが感心していると、再びバルドゥールの感嘆の溜息が響く。
「よかろう。では余が自ら直々に」
だが、その時声が走った。
「お待ちください、殿下! 同盟国の駐留武官として、この俺が……殿下は退避を!」
腰の剣を抜くや、ミナカタとバルドゥールの間に割って入ったのはナルフリードだ。彼は礼服の襟元を緩めると、油断なく剣を構えてミナカタの前に立つ。
ミナカタは構わず一歩踏み出ると、
「……どけ、小僧」
立ちはだかるナルフリードを一瞥し、悠々とその剣の間合いへ無造作に踏み込んだ。
次の瞬間、ナルフリードが残像を残して
両者は激しく斬り結び、剣戟の音が会場へと響き渡った。
「音に聞こえしイクサビト、モノノフ! なぜそうまで殿下の命を狙うっ!」
「帝国の平穏を乱す者あらば、斬る! 友の祈りと願いのために」
激しく鍔迫り合う二人は、そのまま刃に火花を咲かせて右回りに互いの刃を押し込んで回る。そのまま力と力のぶつかり合いが弾けると、両者は二合、三合と刃を交えるたびに想いを叫んだ。
「殿下に異論あらば、手続きを踏むが道理! まして武を振りかざす無礼など!」
「既に賽は投げられた! 帝国は今、我ら亜人を犠牲に野望を成し遂げようとしている!」
「それは……!? グッ」
「もはや語る舌を持たず! どけぃ、小僧!」
力と力の真っ向勝負は、どうやらミナカタに分があるようだ。彼は砲剣が冷却を終えるや、圧倒的な胆力でナルフリードの剣を押しやり吹き飛ばす。そのままミナカタは、両手で構えた砲剣を大上段に振り上げた。
その目はナルフリードの向こうに、微動だにせず見守るパルドゥールを見据えている。
「
「いけないっ! 殿下、お下がりをーっ!」
刹那、苛烈な光が迸った。
アクセルドライブが爆発的な光の奔流となって、バルドゥールを、その間に割って入ったナルフリードを襲う。誰もが言葉を失い、呼吸も忘れる中……ミナカタは一撃必殺の剣を振り抜いた。
キラキラと折れた剣の破片が舞い、ナルフリードの痩身が吹き飛ばされて転がった。
プレヤーデンは慌てて、身の危険も顧みずにナルフリードに駆け寄る。
「ドレッドノート卿! ナルフリード君! 大丈夫かね、しっかり。気を確かに……手当を今」
華奢なその身を抱き上げれば、自然と血の海が広がった。
だが、プレヤーデンはその時不穏な空気に肌が泡立つのを感じる。それは、ナルフリードの気配が一変するのと同時だった。プレヤーデンは突如、肩を貸す手を振り払われる。
そして、同一人物とは思えぬ暗く冷たい声を聞くのだった。
「傷を……つけたわね。兄様の、身体に……
プレヤーデンを押しのけ、ゆらりと立ち上がったナルフリードが乱れ髪を逆立てる。見開かれた瞳は血走り、爛々と輝いていた。
「ナ、ナルフリード君? 怪我が、君はもう戦えますまい……無理をすれば」
「剣! 剣を……いいから得物をよこしなさい! うだうだ言ってると殺すわよ」
「……は? ナルフリード君、なにを」
「兄様、こんなに血が……殺す、殺すわ。犬畜生の分際で、最愛の兄様に傷を……剣、早く!」
激しい剣幕に思わず、プレヤーデンは側でうずくまる騎士から砲剣を借り受ける。
豹変したナルフリードは、それをひったくるように受け取るや、ゆらりと引きずりながらミナカタへと歩み寄る。無防備なその姿は、全身から憎悪と殺気が迸っていた。
ミナカタも自然と警戒に身構える。
「貴様、その狂気……狂奔。何故だ……先ほどの清冽な剣気が、今は」
「殺す前に教えてあげる。私はベルフリーデ……ああ、暑いわ。熱い! 身体が燃えるよう!」
ナルフリードは改めてベルフリーデと名乗るや、片手で礼服を
火照った肌を晒しながら迫るナルフリードから……ベルフリーデから、ミナカタは僅かに目を逸らす。
「さて、いくわよ? いい声で鳴いて頂戴……無様な負け犬のようにね!」
その時、プレヤーデンは理解した。彼女だった彼こそが、
ベルフリーデはミナカタの間合いに入ると、力任せに砲剣を振るう。
咄嗟に受けたミナカタが僅かに沈んで、その足元がひび割れ陥没した。
「ぬう! なんたる剣か! ……だがっ、遅いっ!」
「よく喋る犬ね。ふふ、いいわ……滾ってきちゃう。漲るの。貴方も雄ならわかるでしょう?」
あのミナカタを力で圧倒するベルフリーデ。その粗暴な蛮剣は大振りで、避けるも防ぐも容易に見えるが。だが、恐るべき威力を秘めて、何度となくミナカタを掠めた。なにより、愉悦に
「ふふ……あははっ! いいわ、最高! この玩具、なかなか面白いわ。ここを、こうかしら?」
まるで砲剣に振り回されるように、その重さに任せて斬撃に舞うベルフリーデ。彼女は見様見真似で撃鉄を引き上げるや、モーターの唸りに高ぶる砲剣を引き絞る。
同時にミナカタも、ドライブを発動させるために距離を取った。
「邪気が……だがっ、邪魔立てするならば女子供とて容赦はせぬ!」
「うるさいわね、もう死になさいよ! あン、待って兄様……そんなこと言っては嫌よ。嫌……
「貴様……誰と話している」
「ふふ、兄様ったら。いいわ、そこの貴方! 殺してあげる。……そぉれっ!」
ベルフリーデの放ったアサルトドライブが、ミナカタを掠めて炸裂した。
一寸の見切りで避けたミナカタは既に、後の先で一撃を振りかぶっている。
だがその時……プレヤーデンは信じられないものを見た。同時に、ミナカタの絶叫。
「ばっ、馬鹿な!」
ベルフリーデは、アサルトドライブを放った反動で跳躍するや、その手の砲剣をミナカタへと投げつける。自ら武器を捨てて舞う矮躯に、思わずミナカタは飛んでくる刃を砲剣で弾いた。次の瞬間には、体を浴びせたベルフリーデが馬乗りになる。
「ふぅ、手こずらせてくれたわね。貴方、馬鹿? 真剣勝負なんてする訳ないじゃない……ほらっ! 兄様に傷をつけた! その罪を! 死んで、償い、なさい! 楽には殺さないわ!」
肉が肉を撃つ打撃音が響き、ベルフリーデの小さな拳が唸りをあげた。
正気に戻った周囲の者たちが止めるまで、彼女は両の拳を血に染め続けた。