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 アルカディア評議会からの正式な依頼、ミッションが発動した。
 アイオリスに集った冒険者達は皆、ギルドの仲間達と世界樹の迷宮に挑む。
 ラチェルタも今、ギルドマスターのニカノールと一緒に探索中だ。頼れる仲間のマキシアとレヴィールも一緒で、三人娘が前衛を務めて躍動(やくどう)する。
 そう、今は戦闘の真っ最中だった。

「こっちは任せて! 私が引きつけておくわ。チェル、マキ、しっかりやるのよっ!」

 レヴィールの細剣(レイピア)(しな)って踊れば、魔物の大半が彼女へと注意を引かれる。その(わず)かな(すき)に、マキシアが刃に紅蓮(ぐれん)の炎を(とも)した。
 ラチェルタのステップが風を呼べば、たちまち疾風(はやて)となる切っ先が敵へ吸い込まれる。
 鋭い一撃を振るう度に、続くマキシアの剣が炎を(ほとばし)らせた。
 二人の連携は完璧で、まるで踊るように切り込む。
 あっという間に、ドングリのおばけが片付けられた。
 この魔物は単体では対して脅威ではない。
 だが、先に片付けておかないと厄介(やっかい)なことになるのだ。

「っしゃ、調子いいぜ! チェル、そのノリで突っ走れ!」
「うんっ! ガンガンいくよー、マキちゃんついてきてねっ!」
「あたぼうよ、誰に言ってんだ! 誰、にっ!」

 二人を繋ぐ見えない線が、(つむじ)を巻いて全てを焼き切る。
 魔物の群を突っ切り、二人は同時にポーズを決めて振り向いた。完璧だ……ドヤ顔のマキシアと一緒に、ラチェルタも笑顔になる。
 しかし、レヴィールの声が(しり)を叩く。



「ほらっ、ぼーっとしないで! 次がもう来てるわよ!」

 瞬時にニカノールが死霊(しりょう)を送ってくれる。
 身構えたラチェルタの目の前で、巨大な獣の(きば)が死霊を貫いた。聞き取れぬ断末魔(だんまつま)(うな)りながら、死霊の姿が空気へと溶け消える。
 現れたのは、息を荒げた一匹のイノシシだ。
 ちょっとした小山のような巨体で、足元の土を何度も踏みながら瞬発力を凝縮させてゆく。全身の筋肉で己を弾丸にしての、捨て身の体当たりがラチェルタとマキシアを襲った。

「っと、やばーい! マキちゃん、逃げて。ボクがやってみるっ」
「バッキャロォ、チェル! オレの影に隠れろっ」

 二人は瞬時に互いを(かば)い合いつつ、並べた剣と剣とでいなす。
 強烈な突進を(いっ)した反動で、()き腕に(しび)れが走ってラチェルタは顔を歪めた。すぐにニカノールが残る二体の死霊で援護してくれる。
 だが、死霊は以前よりは言うことを聞くものの、その動きはまだまだ緩慢(かんまん)だった。
 ぐるりと開けた場所でターンを決めて、獰猛な野生は再び襲ってきた。
 呑気(のんき)な声が響き渡ったのは、そんな時だった。

「アタシに任せるですっ! 特訓の成果、今こそ見せるです!」

 天井高く舞い上がった影が、宙で身を(ひるがえ)して降りてくる。
 常軌を逸した跳躍でラチェルタの前に、ノァンが割り込んできた。彼女は無造作に突き出した左手一本で、イノシシの全質量を浴びせる突撃を押し留めた。
 僅かにノァンの足元が(くぼ)んで、小さな(わだち)(きざ)まれる。
 だが、荒ぶるイノシシの攻撃がピタリと止まった。
 それはまるで、出来の悪いだまし絵を見ているようだ……白い顔のノァンは汗一つ流さず、その表情には笑みが浮かんでいる。彼女は力を込めた様子もなく、そのままイノシシを抑えた上で右手を振り上げた。

「えっと、よーし……五分の一、ですっ!」

 少し考える素振りを見せてから、ノァンは必殺の右拳(みぎこぶし)を炸裂させた。
 側頭部を襲った強烈なフックに、イノシシの巨大な瞳が眼窩(がんか)の中で裏返る。あっという間に昏倒(こんとう)して、巨獣はその場に崩れ落ちた。
 (わず)か一撃、それも手加減しての打撃でこれだ。
 だが、駆けつけたレヴィールがその様子を見て満足そうに(うなず)く。

「あら、上出来じゃなくて? 加減が上手くなったのね、ノァン」

 ラチェルタもマキシアと一緒に、剣を収めつつウンウンと(うなず)く。
 ノァンはアンデッド、(むくろ)を繋ぎ合わせた死体人形だ。禁忌(きんき)の術をもって生まれた(ゆえ)に、常人を遥かに凌駕(りょうが)する膂力(りょりょく)胆力(たんりょく)を持っている。
 だが、今までの彼女はその力を持て余し、加減することができなかった。
 今日のように、ようやく考える時間を挟むことで冒険者の攻撃として成立する。
 以前は常にフルパワーだったため、素材の回収が不可能なレベルまで魔物を木っ端微塵にしてしまい、辺りを無駄に血の海へ沈める毎日だったのだ。
 ノァンはレヴィールの言葉に、ニヘヘとだらしない笑みを浮かべる。

「そうです、アタシは学習したのです! レヴィ、よく知ってるです」
「そりゃそうよ、あのヨスガって () () () に教えてもらったんでしょう?」
「はいです! ふふふふふ、レヴィールは物知りないい子なのです」
「ちょ、ちょっと、()でないで! もうっ、私はそういう歳じゃないわ」

 レヴィールのオデコがピカッと(あらわ)になるまで、わしわしとノァンは彼女を撫で回す。その上で、思い出したようにラチェルタとマキシアの前にやってきた。
 彼女は七人分の死体を継ぎ接ぎした、常人の七倍の力を誇る生きた死体(ゾンビ)
 そして、そのオツムはいわゆる普通の七倍ほど能天気で鈍かった。

「チェルも頑張ったです! いい子いい子、いい子です! マキもです!」
「ちょ、ま、待ってくれよノァン! おいチェル、止めてくれ、オレぁそんな――」
「よかったね、マキちゃん。ボク達()められたよ? ふふふ」

 そうこうしていると、死霊を召喚しなおしたニカノールもやってきた。彼は倒したモンスターの死骸(しがい)を死霊に運ばせ、各々が素材を回収しやすいように並べる。
 だが、ふと視線を泳がせなにかを見つけ、ニカノールは立ち止まった。
 (まばた)きも忘れて見詰める白い横顔を、思わずラチェルタも注視してしまう。
 仲間の視線に気付いたニカノールは、すぐに地図を取り出した。

「チェル、あそこにゴーレムが立ってるね。多分、また後ろに倒すことでどこかの石壁(いしかべ)が封印を解かれるんだと思う」
「うんっ! ゴーレムさんがいるね。……でも、近くに通せんぼの石壁なんてないよ?」
「いや、地図を見て……ずっと離れた東の端だけど、まだ開通してない場所がある」

 確かに、ニカノールの指差す地図の端っこに、開放されていない部分がある。
 だが、すぐにラチェルタは地図を(にら)んで声をあげた。

「ニカ、こっちの石壁の方が近いよ? ここが開くんじゃないかなあ」
「僕も最初はそう思った。でもチェル、見てごらん? ほら、今まで開けてきた石壁と、それを封印していたゴーレム像の位置関係を」

 ニカノールの細い指が、地図の上を滑る。
 直線を描く彼の動きは、ゴーレム像と石壁があった場所を次々と繋いで見せた。
 んー、と唸って自分で考えてから、ラチェルタもようやく理解する。

「あ! わかっちゃった。ゴーレムさんって、必ず直線状に位置する石壁を守ってるんだ。ゴーレムさんの視線の先……つまり」
「そう、つまりあそこのゴーレムが守ってるのは――」

 二人はそろって振り返り、川で隔てられた向こう岸を見やる。
 よく見えないが、恐らくその先に石壁が通路を塞いでる筈だ。
 そこが開通すれば、地図の空白地帯の、その奥へと進むことができる。
 なるほどとラチェルタが腕組み感心していた、その時だった。

「ヘイ、チェル! ニカも! 手伝えよ、さっさとバラして素材を取ろうぜ」
「アタシが! アタシがやるです、やらせてです! レヴィ、アタシがー、やーるーでーすー!」
「もぉ、ノァンはぶきっちょでしょう? 大丈夫かしら。……ま、見ててあげるからやってみなさいな。あと、ほら! チェルもニカさんも! 急いでるんですからね?」

 見るからに危なっかしい手つきで、鼻歌を歌いながらノァンが解体用ナイフを振り回す。ザクザクとイノシシが解体される中、ラチェルタもすぐにドングリの魔物を丁寧にほぐし始めた。
 こうして、冒険者達の探索は今日も順調に進んでゆく。
 複雑に入り組んだ4Fの攻略も、すぐ目前まで迫ろうとしているのだった。

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