冒険者達の休日、それは貴重な安らぎの時間。
ニカノールは親しい仲間のために、一肌脱ごうと同行していた。
まだまだ
片手で大きな包を抱えながら、彼は手にしたクレープを食べる。
フルーツとクリームの甘いものも
そして、隣の小さな友人にそのことを素直に笑顔で伝えた。
「美味しいねえ、フォス。クレープって僕、こうして食べるのは初めてだよ」
「……ああ。美味い、な。味がある」
「味がある、ってもぉ。フォスのはなに? チョコバナナ? サーモンとオニオン?」
「ん、なんか……甘いやつだ」
もそもそとクレープを食べるフォリスも、もう片方の手で大きな紙袋をぶら下げている。中には、少女達が買った服や靴、雑貨や小物が入っているのだ。
二人は今、並んで服屋の軒先でクレープを食べていた。
チラリと窓の中を見やれば、仲間達が熱心に秋物の服を物色中である。
荷物持ちとしてやってきたニカノールだが、こうして街に出るのは楽しい。そして、心なしかフォリスもくつろいでいるように感じた。無気力でぼーっとしてても、以前よりは感情や情緒を感じるし、会話だって成立する。
「俺の街では……クレープはそば粉で焼いてたな」
「へえ、そうなんだ」
「ああ。いつもサリアが焼いてくれて、それをみんなで……まあ、そんな感じ、だった」
サリア、それが亡くなったフォリスの恋人だろうか? そして、サリアとみんな、合計七人分の死体を
だが、死んだ人間は元には戻らない。
死者は決して生き返らないし、生き返ってはならないのだ。
死して尚生きているニカノールでさえ、そう思う。
自分は死んでも死に切っていないだけ、そして……生きているかどうかは、これからの自分の生き方で決まる。その可能性を奪われた死者には、祈りを
店のドアがカラコロとベルを鳴らしたのは、そんな時だった。
中からノァンが、三人娘のラチェルタ、マキシア、レヴィールを連れて出てきた。
「あ、マスター! お待たせなのです! アタシ、三人とおそろいのシャツを買ったです! ほらほら、見て、見てです!
「あ、ああ……」
戸惑うフォリスの周りを、まるでじゃれつく大型犬のようにノァンがぐるぐる回り出す。ニカノールも三人娘も、自然と笑顔になった。
ノァンは今、真っ白な清潔感のあるTシャツを着ていた。
その背中に、大きく『
恐らく東洋の文字、漢字だ。
「ニカ、オレ等とおそろいらしいぜ! な、チェル? レヴィも」
「うんっ! ボク達、気に入っちゃったんだ。漢字、かっこいいよねえ」
「帰ったら意味を調べてあげるわ。ふふ、でも……きっとためになる格言か、昔の偉い人の言葉よ。もしくは、古い神話の時代の紋様的なものね!」
レヴィールが自信満々に、腕組みしながら
レヴィールの背中は『
ラチェルタが『
なんだろう、ニカノールには意味が読めないのにピッタリな気がした。
そう思っていると、ノァンが「みんなの分も買ったです!」と袋から取り出す。少女達が着ているものも含めて、全部で十二種類あったらしい。
全部、買ったらしい。
ぼんやり立つフォリスと一緒に、ニカノールも
そんな平和な時間が、突然遮られる。
不意にニカノールは、フォリスと一緒に往来を振り返った。
「フォス、あれ!」
「ああ……また、だな。ニカ、逃げろ。奴の目的は――」
「ノァン! チェル達を守って! フォスは僕が守る!」
「なあ、ニカ……逃げないと、お前は」
行き交う人の中に、目深にフードをかぶった細い人影。まるで、あたたかな午後に降り注ぐ陽光が作った影だ。
どういう訳か、誰にもぶつからないし、誰もが彼女を見ていない。
そう、少女だ……マントを脱ぎ捨て
以前からフォリスとノァンを狙う、
その声は冷たく凍って、小さくニカノールの鼓膜を震わせる。
「見付けた……
「え? ぼ、僕も!?」
その時にはもう、目の前の空気が切り取られていた。
あまりに鋭い斬撃が、今までニカノールがいた場所の気圧を乱す。
フォリスに押し倒されたと知った時には、大地に突いた手が塗れていた。
真っ赤な地が、石畳の上に広がっていく。
そして、恐るべき暗殺者は静かに呟く。
「まず一人……次はお前だ、
ニカノールの実家は、数ある名家の中でも五本の指に入る有名な
だが、それはニカノールとは直接関係ない。
なにより、友人のフォリスが血の海に沈んでいることの方が重要だった。
「待って、君は……君の名前は!」
「……ゴミ処理屋はゴミの名を問わない。逆もしかり」
「僕はニカノール! 名乗ったよ! 君は!」
「ッ!? ……スーリャ」
スーリャ。それが
不思議とニカノールは、目の前の少女からもお馴染みの感覚を感じていた。
そう、闇の領域に立つ者特有の、魔の力を宿した雰囲気が同じなのだ。
そして、スーリャの大鎌は振り下ろされることはなかった。
「マスター! う、ううーっ! うわーっ! マスターとニカから、離れるですっ!」
弾丸のようにノァンが飛んできた。
三人娘を下がらせた彼女は「来ちゃ駄目です!」と後ろに叫んで
すでにもう、普段から世界樹の迷宮で一緒の彼女ではない。
渦巻く空気の中で、ノァンの拳がスーリャの大鎌と
もう、普段からヨスガに習っている加減を忘れている。
そして、フルパワーのノァンをスーリャは苦しげながらもさばいていなした。
「クッ、死体人形! 汚れた禁術の産物……処理する!」
「アタシはノァンです! マスターのこと、いじめて……許さないです! ニカもいじめた! 絶対に、許さない、ですっ!」
その時、ニカノールは見た。
目を見張るその光景に、言葉も忘れる。
白いシャツをスーリャに切り刻まれ、着衣が
それでも勝負は互角に思えたが、目の前で徐々に
豹変したノァンと共に。
「この力!? 危険だ。チィ!」
「やっつけるです……アタシの好きな人、いじめる人……やっつけちゃうです。コテンパンに……う、うううっ、うわあああああっ!」
青白いノァンの肌に、次々と浮き上がる
それは、
恐らく、フォリスが施術の時に死体のパーツを縫い合わせたものだろう。
普段は全く見えなかったそれらは、興奮状態で我を忘れたノァンの身体を
烈風の如き刃が行き交う中で、ノァンの拳が風圧となって吹き荒れる。
ほとんど半裸に
「……潮時か。死体人形、お前の名は」
「アタシはノァンです! いい子、強い子、元気な子! の、ノァンですっ!」
「また会おう、ノァン。闇より生まれし、死を超越した死者達よ」
ふわっとスーリャの細身が宙へと舞う。軽く地を蹴っただけで、彼女は並ぶ家並みの屋根に立って、そこから更に跳躍して消えた。
だが、そんな彼女を好奇の視線が無数に貫いた。
「お、おい……なんだあれ、すげえ傷だ」
「かわいい顔してやべえな」
「それより怪我人だ! 誰か!」
「バ、バケモノだ……見たか、さっきの」
「ひっ! こ、こっちを
慌ててニカノールは、
ノァンはようやく、興奮状態だった自分の傷痕に気付いた。そして、言葉にならない声を噛みながら泣き始める。己の肩を抱いて、
「えうっ、うう……ヤです。アタシ、隠してたです! 見られたらヤなんです! う、うう……気持ち悪いから、嫌われちゃうです」
「ノァン! しっかりして、ノァン。大丈夫だよ? さ、一緒にフォスを助けよう」
「ううー、ニカァ……アタシ、見られちゃったです。これ、怒り過ぎたり嬉し過ぎたりで、色々過ぎたりで出ちゃうです。何度洗っても消えないですっ!」
幼子のように泣き出したノァンを、ニカノールは周囲の眼差しから守って抱き締めた。すぐにラチェルタやレヴィール、マキシアが働き始める。
フォリスは
そして……化物を処理する始末屋と、それを退けた継ぎ接ぎ少女の噂はアイオリス中に広まってゆく。背びれ尾びれが膨れて脚色される、その無神経な好奇心を誰もが止めることができないのだった。