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 ニカノールが開いた豪奢(ごうしゃ)な扉は、その奥に広大な空間を広げていた。
 そして、その向こうにまた扉が見える。
 地図に目を落とせば、その先は泉があって、小さな部屋しか配されていないはずだ。必定、慣れ始めた探索の経験が昇り階段を予感させた。
 だが、コロスケの言葉で一同は揃って身を引き締める。

「ニカ殿! 皆の衆も……あそこにゴーレムが。油断めさるな」

 見れば、広間の中央に小さなゴーレムが安置されている。
 だが、今までの通路を塞ぐ仕掛けとは思えない。
 四方は開けた草原のようになっていて、敵意らしい敵意も感じられない。そして、目の前のゴーレムが視線で塞ぐ壁も見えなかった。
 だが、彼は……そのゴーレムは確かに塞いでいた。
 そして、彼の視線はすなわち、それ自体が巧妙な罠の集大成なのだった。

「はうっ! み、見てです、ニカ! チェルもマキも!」
「おいおい、何だこりゃ!? ゴーレムがあちこちから、っとっとっとぉ!?」
「みんなっ、気をつけて! ゴーレムさんが一杯……あっ! みんな、集まってく」

 突然の事にニカノールの驚いた。
 どこからともなく、無数のゴーレムが走ってきたのだ。たちまち足元を、小さな石人形が何体も通り過ぎてゆく。尋常ならざる数のゴーレムは、部屋の中央の一体を包むように集まった。そして、互いによじ登って連なり、重なり合って形を変えてゆく。
 そして、冒険者の前に巨石の守護神が立ち塞がった。


「お、大きい! みんな、気をつけて!」

 叫ぶと同時に、ニカノールは急いで死霊を召喚する。求めに応じて空気が揺らぎ、虚ろな迷える魂が三体ばかり顕現(けんげん)した。僅かに体力の消耗を感じつつ、アイテムで回復する隙が感じられない。
 対峙するニカノール達の前に、天井まで届くような巨体が近付いてくる。
 だが、彼の仲間達は動揺しながらも賢明だった。

「ニカ殿、指示を! 拙者が前衛にて一番槍を務め申す!」
「わ、わかった! とりあえず、何をしてくるかわからないんだ……死霊を使って探りを入れてみる! みんなは死霊を盾に活用して!」

 ラチェルタやマキシアも、腰の剣を抜き放った。
 そして、鼻息も荒くノァンが拳を握って身構える。
 未知数の敵は今、大地を踏み鳴らして間近に迫っていた。
 手始めにニカノールは、死霊の一体をけしかけてみる。まだまだ屍術士(ネクロマンサー)としては未熟な彼だが、ここ最近の冒険で驚く程に腕をあげていた。日々の鍛錬と、ベッドで動けぬフォリスとの勉強会が実を結んだ結果だった。
 三体の死霊は互いに嫌だ嫌だと譲り合いつつ、最後には一体がゴーレムに向かう。
 死霊が怨念を込めて爪を繰り出した瞬間……信じられない光景が広がった。

「あわわっ!? 分裂したです!」
「チィ、面倒臭ぇ! 散らばりやがって……こうなりゃ、オレの秘められし力を」
「マキちゃん、下がって! 危ないよっ!」

 巨大なゴーレムは、その中心たる胴体を残して分裂した。頭部や両腕、そして無数の小さなゴーレムをばらまく。気付けばニカノール達は、周囲を包囲されていた。
 そして、(いにしえ)の人形遣いの意思が牙を()く。

各方(おのおのがた)、注意めされよ! この石巨人、分離した手足がそれぞれ別々に動き申すっ!」

 コロスケが叫んだ通り、巨大な手足が独立して襲い掛かってきた。
 周囲に小さなゴーレムが撒き散らされているため、ニカノール達の動きは制限される。そして、その障害物もろとも、ゴーレムレッグが何度も踏みしめようと襲い、ゴーレムアームが炎や氷を纏った打突を繰り出してくる。
 巻き添えになった小さなゴーレムは色とりどりで、すぐに周囲から集まってくる。
 どうやらこの部屋自体が、ゴーレムを補充する大掛かりな罠と言えた。
 だが、必死で逃げ惑いつつニカノールは叫ぶ。

「死霊達よ、ごめん! 仲間の盾となって!」

 三体の死霊は恨めしそうな顔をしたが、忠実にニカノールの命令に応えた。以前よりも死霊を制御し使役する力があがっている……それを実感して喜ぶ暇も、今はない。
 そして、頭脳をフル回転させつつニカノールは逃げ惑った。

「ノァンはあの腕! 豪腕を封じて!」
「はいです! アタシ、本気で行くですっ!」

 躍動するノァンが風になる。常人なる速さで駆ける彼女は、足元のゴーレム達を吹き飛ばしながらゴーレムアームへと飛びついた。その関節に全身で絡みつき、逆側へとしなるように折り曲げる。そして、苦しげに(きし)む肘へと強烈な膝蹴りを叩き込んだ。
 それで巨大な左右一対の腕が沈黙する。
 その隙をラチェルタとマキシアが見逃さなかった。
 先を競うように馳せる二人の剣が、雷光と稲妻を灯して輝き出す。

「フッ、御見舞(おみまい)すんぜっ! これが、オレの、オレ達のっ!」
「無敵のコンビネーション! だよっ!」

 ラチェルタの剣閃が雷をスパークさせ、そのプラズマをマキシアが拾う。互いに相棒のチェインを拾い合って、二人は無数の落雷を浴びせ続けた。
 絶え間ない連撃の中で、ゴーレムレッグがガラガラと崩れ落ちる。
 にわかに動揺したようにおののいて、中心のゴーレムボディが背後へ下がった。

「っしゃ、チェル! このまま押し込むぜっ!」
「がってーんっ! 任して、マキちゃん!」
「ムッ、ニカ殿! お二人に死霊の加護を! 危険でござる!」

 突然、戦いを見守っていたゴーレムヘッドが落ちてきた。
 ラチェルタとマキシアの前で、巨大な顔面が突如として爆散する。
 周囲を薙ぎ払う爆風の中……死霊が絶叫を張り上げ蒸発した。もうもうとあがる黒煙を避けるように、爆炎をどうにか避けた二人が互いを(かば)って下がる。
 そして……焦げた臭いの中から煙を振り払い、再び巨大なゴーレムが姿を現した。

「再合体、してる……じゃあ、今までの攻撃は」
「ニカ殿、動揺してはなりませぬ! それ自体がこの石巨人に秘められた意図。恐らく、冒険者の心を折るべく作られたカラクリでござるよ!」

 コロスケが少女達に代わって最前列に躍り出た。その腰の太刀は既に、勇み足の三人娘を陰ながら小物ゴーレムから守っていたのだ。
 そして、彼は青眼に構えてゴーレムに相克する。
 ニカノールは一体になってしまった死霊の使い道に迷った。また、新たに召喚を考えるのだが……消耗した体力で全身の感覚がどこか遠い。せっかく人並みに成長した力が、充分にもう機能していない。
 だが、諦める気持ちは自然とどこにもなかった。
 それは、仲間達も同じ。

「コロスケ、アタシが突破口を開くです! 次に分離したら」
委細承知(いさいしょうち)! (すで)に見極め申した……彼奴(きゃつ)の本体、それはっ!」

 ノァンとコロスケが同時に走り出す。そして、更に加速するノァンの全身に……その白い肌に無数の縫い傷が浮かんだ。今、戦いに(たけ)る彼女の闘争心が、鬱血(うっけつ)した傷を露わにしていた。
 しかし、以前と違ってノァンにそれを気にする様子は見られない。
 彼女は振りかぶった拳を、全力でボディへ真っ直ぐ叩きつけた。
 埒外(らちがい)の怪力が、大質量を揺るがす。
 よろけたゴーレムがたまらず分離した、その時だった。
 コロスケの瞳に光が走る。

「今が駆け抜ける時……いざっ! 河上虎狼介直房(カワカミコロウノスケナオフサ)()して参るっ!」

 コロスケの剣が、()えた。
 分離直後の両足を払い抜け、あっという間に物言わぬ石塊(いしくれ)へと変える。驚き慌てる両腕へと跳躍し、順々に踏み台にしてさらなる高みへ……天井高く舞い上がった。
 すかさずニカノールは、最後の死霊に呪いを命ずる。
 相手の精神力を乱して、防御力を低下させる術を励起(れいき)させた。

「変位抜刀、霞斬(かすみぎ)りっ! ――御免(ごめん)ッ!」

 落ちてくるコロスケが、渾身の一撃を振り下ろす。
 消え行く死霊の未練に取り憑かれて、ゴーレムボディは防御することができなかった。そのまま縦に両断され、停止した次の瞬間……鮮血のように周囲へ小さなゴーレムを撒き散らした。
 崩れ落ちたそばから、剥がれたゴーレム達はそのまま動かなくなる。
 薄氷(はくひょう)を踏むような中での勝利……ニカノールは決着と同時に、片膝を突く。
 極度の緊張状態から解放された彼に、ノァンやチェルマキコンビが抱きついていた。
 笑い合う少女達のその向こうで、剣を収めたコロスケが「南無(なむ)!」と手を合わせるのが見えた。こうしてニカノール達は、恐るべき第二階層の番人を攻略したのだった。

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