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 ついにニカノール達は到達した。
 第四階層『虹霓ノ晶洞(コウゲイノショウドウ)』の最奥、巨大な転移装置の前に。今、ひときわ荘厳な紫水晶が、輝きで冒険者達を照らしていた。
 先程の謎の少女が言うには、この迷宮には恐るべき魔物が行く手を塞いでいる。
 この水晶の森の主、全身がクリスタルで出来た水晶竜だ。
 ニカノールは四人の仲間達を振り返り、それぞれの頷きを拾う。

「よし、じゃあ……行こう」

 紫色に輝く水晶が、瞬時に別の場所へとニカノール達を転送する。
 無論、魔力の働いた形跡はない。
 思えば、この世界樹の迷宮には不思議が満ちていた。外の世界、四つの種族が共有する(ことわり)、条理や常識といったものが通用しないのだ。やはり、神代(かみよ)の時代に古戦場すら飲み込んだ土地……世界樹とは、神秘を体現する歴史の(しるべ)なのかもしれない。
 そんなことを考えていると、突然目の前の視界が開けた。

「――っ!? こ、ここは……!」

 巨大な広間にニカノールは立っていた。
 すぐ隣で、ワシリーサが息を呑む気配が感じられた。そして、彼女の見開かれた瞳が見つめる先へ、ニカノールの視線も吸い込まれる。
 そこは謁見(えっけん)の間で、玉座には巨大な暴君が居座っていた。
 正しく、水晶細工の巨大なドラゴン……水晶竜。
 殺気をはらんだ眼光に射抜かれ、ニカノールは全身が硬直するのを感じた。あらゆる知識と経験が、恐るべき敵だと告げてくる。肉体も精神も、戦うことを拒んでいるのだった。
 周囲の仲間達も同じかと思った、その時だった。

「おおー、本当にピッカピカなのです! ……つまり、あれは! 竜水晶が、たっくさん、取れるのですー!」

 突然、右腕をブンブンと振り回してノァンが駆け出した。
 真っ直ぐ、放たれた矢の用に突っ込んでゆく。
 そして、水晶竜の絶叫が空間を震わせた。
 次の瞬間には、怒りに()えるドラゴンの吐息が放たれる。あっという間に周囲が水晶の欠片で溢れかえった。


 吹き飛ばされたノァンが落ちてくる。
 すぐにスーリャが受け止めたが、元気な声に一同は安堵の溜息を零した。

「なんか、凄いの出たです! ビガビガーってしたです」
「ノァン、あの……」
「大丈夫なのです! スゥ! ニカもワーシャも、ついでにコッペペも! ここはアタシに任せるのです!」

 飛び起きたノァンは、再び走り出した。
 心配そうに見守るワシリーサが、オロオロとしてしまう。
 そして、ニカノールは顔を手で覆った。
 再び「ギャフン!」と悲鳴を叫んで、ノァンが戻ってきた。全身から白煙が立ち上る中、頭からは知恵熱で発生した湯気が揺らめいている。

「これ、おかしいです! 水晶竜に辿り着けないです!」
「あ、あのね、ノァン。ちょっと、やりかたがまずいよ」
「ニカ……そ、そうかもです」
「もっと頭を使わなきゃ。安心して、僕にいい考えがあるよ!」

 こういう時は、弱気を見せないこと。そして、自信がなくても笑顔を忘れない。
 以前、ギルドマスターとしての作法や心意気を、デフィールが教えてくれたのだ。そして、ニカノールに今、それを実践するまたとない機会が訪れたのである。
 だが、ノァンはポンと手を叩くと、再び水晶竜へと突進し始める。

「あ、ちょ、ちょっとノァン! 頭を――」
「うりゃりゃりゃりゃーっ! 頭、使う、ですー!」

 勢いよくジャンプしたノァンが、そのまま頭から水晶竜に突進した。
 だが、彼女のダイビングヘッドバッドが、そのまま三度ブレスに薙ぎ払われる。
 二度あることは三度ある、再び彼女はニカノールの足元に落下してきたのだった。
 そんな彼女を抱き起こし、優しく言葉を選ぶ。

「頭を使え、はね……そういう意味じゃないよ、ノァン」
「むむむ……アタシは難しいことはわからないです。ニカ、こういう時こそニカの出番なのです!」
「だろ? ふふ、任せてよ……ノァン、君は一人で突っ込むからいけないんだ」
「たしかに!」
「だから…… () () () () () () () () () () () () () () () () () () !」
「それです!」

 あうあうとワシリーサがなにかを言いかけていたが、それを無言でコッペペが止める。重々しく首を横にふるコッペペが、その悟りきった目が全てを語っている気がした。
 だが、ニカノールはノァンと走り出す。
 真っ直ぐ、そして徐々に左右へと別れながら。

「ニカ、頭いいのです! アタシが水晶竜を引きつけて!」
「あるいは僕でもいい! どちらかが、水晶竜の元へと――」

 だが、実際に突っ込んでみてわかった。
 知識と予測は大事で、なにより経験がそれを証明してくれる。
 容赦なく水晶竜は、長い首を振ってのビレスを解き放った。
 点と線の一点突破ではなく、面を薙ぎ払う制圧攻撃……あっという間にニカノールは、ノァンごと元の場所へと吹き飛ばされた。
 死人のアンデッドでも、ちょっと辛い。
 なにより、心底心配して駆け寄るワシリーサに対して居心地が悪かった。
 そうこうしていると、ボソボソと声が(ささや)かれる。

「ノァン、ニカも。その……私、少し、歩いてきた、けど……正面は、ダメ」
「……へっ? あ、あの、スゥ……歩いてきた、って」
「うん……ニカ、私は周囲を調べてきた。思ったより、広い。あと……水晶竜は、大きい。だから、動きは鈍い。もっと、サイドのスペースを使って詰め寄れば」

 ニカノールはノァンと同時に「あっ!」と声をあげてしまった。
 それで、眉根(まゆね)を八の字にしていたワシリーサも、微笑(ほほえ)みを(ほころ)ばせる。
 確かに、水晶竜はあの場から一歩も動いていない。恐らく背後の階段を守ってるのだろうが、閉鎖空間であの巨体が攻めてくれば、ニカノール達の苦戦は必至だ。
 だが、水晶竜は動かない。
 恐らく、巨体の重さ()に簡単には動けないのだ。

「首と頭とを見て、横と縦に動く……私が、やってみる」
「あっ、スゥ様。スゥ様が行くのでしたらわたしも」
「まあ、急がばまわれってことだなあ。ほれ、ニカもノァンも、立ちなって」

 コッペペに手を貸されて、おずおずとニカノールは立ち上がる。
 凄く、気まずい。
 ノァンもぐぬぬと悔しさを隠そうともしなかった。

「そ、そうだね、うんうん! 僕は気付いていたよ。ただ、こうして不死の肉体をもつからには」
「そ、そうなのです! アタシとニカは、承知の上で違う道を探してたです」
「でもノァン、ここはスゥ達の案でいく方が良さそうだね、うんうん」
「ですです! スゥはやればできる子、偉い子なのです!」

 コッペペのフラットな視線が痛かったが、気を取り直して水晶竜へと挑む。
 一定の距離まで近づいた時、すぐ横を水晶の嵐が通り抜けた。
 横軸への移動を使ったため、今回はダメージを(こうむ)ることはなかった。舞い散る破片はまるで、迷宮に降る雪のようである。
 そして、ブレス攻撃を大きく迂回すると……水晶竜はゆっくり首を巡らせた。
 そう、ゆっくりと、どこか緩慢(かんまん)とさえ思える程に遅い動きだった。

「よしっ、みんな……次のブレスを正面側に避けて、そこから勝負といこう。行くよっ!」

 再び迷宮全体を震わせ、恐るべきブレスが放たれる。
 それを大きく回避した瞬間、ニカノールは(ひつぎ)を背に瞬発力を爆発させた。

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