ニカノールを新たに仲間に加えて、ノァンは鼻息も荒く大股で歩く。
内心は、不安でたまらなかった。
こんな気持ちは初めてで、自分でも訳がわからない。
スーリャもワシリーサも大好きなのに、二人が一緒にいるのを見ると心が騒ぐ。
「あっ、ノァン。シバも……二人が、あの屋敷に入っていくよ」
「なんだべな、すっげえ大勢人がいるだ……なんか書いてあんな。……オーク、ション?」
「なるほど、富豪や貴族たちが集まって、競売をするみたいだね」
観察眼を発揮しつつ、ニカノールがノァンのずりおちたカツラを直してくれた。
いつもニカノールは、優しい。
でも、もしニカノールがああしてスーリャと一緒だと……やっぱり、心の中にもやもやとしたものが広がる感じがした。
「よし! アタシたちも行ってみるです!」
「え、いや、だって……招待状とかないよ?」
「そうでした、えと、んと」
待ってましたとばかりに、エヘンとシバが胸を張る。
彼女はちらりと大豪邸を見て、その
それを確認してから、シバが声を
「オラが騒ぎを起こして、人目を引きつけるだ。その好きに、ほれ……そこの
「凄いです! シバ、頭がいいのです!」
「えっと……まあ、うん。気にならないっていえば、嘘になるからね。じゃあ」
ウンウンと
こういう時に、無駄に度胸がいいのが彼女である。セリアンの気質がよく表に出ていて、ここぞという時は頼れる仲間なのだ。勿論、そうでない時もあるが、それは誰だって一緒である。
シバはさも当然のように、門をくぐって屋敷に入ろうとした。
すかさず、黒服の男たちが呼び止める。
「失礼ですが、招待状は」
「あんれま! そったらものが必要なんだか? オラの顔ば見てけろ」
「いや、顔パスって……」
「知ってる人が必ずいるだよ。よーく見てくんろ」
「えっと、参ったな。おーい、ちょっとみんな、来てくれ」
実に白々しい演技だったが、なんだなんだと黒服たちが集まり出す。
次の瞬間には、ノァンはニカノールを抱き上げ、一足飛びに塀を飛び越えていた。常人の何倍も強い身体能力が、音もなく庭の木陰に二人を立たせる。
気配を殺して身を低くし、窓から見える中の様子を
「見るです、ニカ……スゥとワーシャがいたです!」
「ほんとだ……って、え? ちょっと待って、あれ……スゥなの? スーリャなのかい!?」
「そです、スゥなのです。……アタシにナイショで、なにしてるか気になるです」
「なんだ、スゥか……いや待って。なんで、あの二人が一緒なの」
そう、そこなのだ。
決して不自然ではないし、二人の仲がいいのは誰もが知っている。箱入り娘のお嬢様と、裏社会の始末屋……本来、決して接点がない
あづさから二人で、料理や
ノァンやニカノールの服も、二人で洗濯してくれたりする。
そう、気付けば意外と二人は一緒のことが多かった。
今になってそれを思い出し、ますますノァンは
そうこうしていると、オークションに動きがあった。
どうやら、最後の数点が出品されるようだった。
「はい、ではこちら……諸王の聖杯、その
だが、会場の
その背を守るように立つスーリャもまた、決して動かない。
「ニカ……」
「うん。ノァン」
「オークションっていうの、楽しそうです。なのに、なんだか、アタシはおかしいのです。さっきから落ち着かないのです」
「いや、まあ……わかるよ。でもさ、あの二人に限って、って思わない?」
ニカノールが言う通りだ。
頭では理解できる。
しかし、心がざわつくのだ。
死体を継ぎ接ぎして生まれたノァンは、その魂も人格もまだまだ生まれたての子供のようなものだ。だから、感情を発露することも、言葉にして他者に伝えることもまだまだ未熟だった。
会場が一際大きくどよめいたのは、そんな時だった。
「最後の品……こちらが、あの不死身のコシチェイと呼ばれた
ノァンは
見上げれば、ニカノールは目を点にして固まっていた。
「ニカ、あれ……ニカの心臓なのですか?」
「いや、ないない……ありえない。だって、まあ、僕の心臓は僕が死んだ時に――」
オークション会場には今、宝石のような輝きを放つ心臓が出品されている。精巧な
ノァンにはよくわからないが、どうやらあれはニセモノらしい。
そう知って、ますます混乱していたその時だった。
「では、こちらの品は50,000エンからで――」
「そこまで、です。皆様、どうか動かないでくださいっ。わたしは、評議会より依頼を受けた冒険者です」
なんと、ワシリーサが
その場の
誰の顔にも、虚を突かれた驚きと共に、やましい気持ちが露骨に
ワシリーサは、
「こちらで出品されてたものは全て、盗品の疑いがかかってますの。どうかそのままで……もうすぐ、衛兵さんたちも来てくださいます。その際、わたしは証人として全てを証言しますっ」
なにやら、塀の外が騒がしくなってきた。
ガチャガチャと
次の瞬間には、ニカノールが横から飛び出していた。
それは、会場の男が腰の剣を抜いたのと同時だった。
「ワーシャッ!」
「あ、ニカッ! ア、アタシ、ぼーっとしてたです。やっぱりアタシはおかしいのです!」
ニカノールを追い越し、全身を砲弾にして窓をブチ破る。室内に転がりこんだ、その時には……
程なくして、屋敷に衛兵たちが
緊張感を解いたワシリーサは今、ニカノールを見て驚いている。そして、ノァンもまた男を解放したスーリャを見て、同じ顔をしているのだった。