最後の冒険、大冒険……第六迷宮『
それが例え牛歩の歩みであったとしても、確実に調査は前へと進んでいた。星々の
その確信が不思議とあって、カズハルも最近は妙に張り切っていた。
「カズハル、ちょーっちぃ、いーですかー? デヘヘ」
今日も今日とて、採集を中心にカズハルは仲間と冒険していた。第一迷宮『
ここにはもう、スリルもサスペンスもない。
それでも、最初の一歩を踏み出したルーキーにとっては危険な
そして、カズハルの肩をちょいちょいと叩く冷たい手。
「なんだ、ポン子」
「あのですねー、そろそろネジを巻いてほしいなーと思って」
「ああ、珍しく今日は沢山働いたもんな、お前」
「ですです! エッヘン!」
この、少しイラッとくる
カズハルも部品の研磨や精製を手伝った訳で、生みの親の一人である。
だが、開発者のシシスがお母様、感情回路のコーディングをしたフリーデルがお父様(オマケに、フリーデルの義兄弟であるナフムをおじ様と呼ぶ)なのに、カズハルだけは呼び捨てなのだ。しかも、ちょいちょい
「はいはい、わかったわかった」
「んじゃま、失礼して、と……そぉい!」
鎧の留め金を外して、ポン子が背中を向ける。
着衣の下には、
だが、激しい戦闘が続くと入力より出力が多くなるため、手動でネジを巻く必要があるのだ。
「あへへ、優しくして、ください、ね……うっふーん」
「うるさい、馬鹿。……でもまあ、この辺りさ……なんか妙じゃないか?」
「この辺り? このポン子のデリケートな穴が、妙とかいうのですかー!」
「……悪い、ちょっと黙ってくれる? できれば永遠に」
「てへぺろ(・ω<)」
静かな森はいつもと変わらず、鳥がさえずり虫たちが歌っている。だが、ここまで何度か戦闘を重ねたことで、カズハルははっきりと違和感を感じ取っていた。
それを、いつも一緒のアーケンとバノウニが拾ってくれる。
「そういや、妙だよな。こんなに手応えのある魔物、第一迷宮にいたか?」
「そだね、アーケン。異常な強敵ってほどじゃないけど、ある場所を
「……例の、鍵のついた扉をくぐってからじゃねえか?」
「あっ、確かに……そういえばこの辺り、ごくごく最近別のギルドがマッピングしたんだよね。この辺は一応、新米さんには入らないよう注意喚起しとこう」
そう、敵が強い。
そして、見知らぬ素材がちらほらと散見される。
この場所に来る少し前、奇妙な封印の施された扉をくぐってからだ。長い冒険の中で、ネヴァモアとトライマーチは不思議な鍵を入手していた。迷宮の奥深く、まるで隠されるように置かれた宝箱から出てきたものである。
その鍵は、各迷宮の閉ざされた扉を開放した。
だが、得られたのは金銀財宝ではなく……このように、奇妙な地図の空白地帯への道のりだったのである。
「あー、そこそこ、きっくうううう! カズハルはほんと、ネジ巻きが上手だぞい!」
「はいはい。よし、こんなもんだろ」
ポン子のネジを巻き終え、カズハルは大きなネジの持ち手を引き抜き、それを持ち主に返す。受け取りつつ鎧を再び着込んだポン子は、こころなしか先程より調子が良さそうだ。
キュイン、キュイン! と全身の関節を鳴らしてみせて、彼女は軽くその場で身体をほぐす。
そうこうしていると、少し先の様子を見てきた少女が戻ってきた。
「みなさん、この先に階段が……それも、上り階段がありました!」
セーラー服のカラーを
カズハルもそうだが、彼女の
セリアンに育てられたあさひが、
そのことは前から少し気になっていたが、カズハルは聞こうとしたことがない。
誰にでも過去はあるし、それが眩しく輝かしいものばかりでないことは知っている。それに、女の子にあれこれ詮索をするのは、モテない男がするもんだぜ! とアーケンやバノウニも言っていた。特に気がなくても、それがエチケットなのだと納得していたのである。
「あさひ、他に変わったことは?」
「えっと、地図を見てみると確かに……一つ上のフロアに、空白地帯があります。北側ですね」
「どれどれ」
地図を重ね合わせるあさひの手元を、近寄ってカズハルは覗き見る。
よく見れば確かに、この先に階段があるみたいで、しかも上へと戻る階段だ。だが、その上のフロアの地図にはまだ、同じ座標の下り階段は記されていない。
恐らく、この下の地図を書いたギルドは、階段の発見で一区切りとしてアイオリスに帰還したのだろう。彼らが生きていれば、それは賢明な判断だ。
そして幸いにも、今日のカズハルたちにはまだまだ全然余力がある。
「えっと、ここから2Fに戻って……その先に、なにがあるんでしょう」
「さ、さあ」
「楽しみですね、ワクワクですねっ! カズハルくんもワクワクしませんか?」
「ま、まあ。……厄介なことにならなきゃいいけど」
「大丈夫ですっ、厄介事をやっつけるのも冒険者のお仕事ですから」
「……ちょ、ちょっと、顔、近いって」
慌てて離れつつ、カズハルは妙な胸騒ぎを感じていた。
それは、アイオリスの冒険者家業で身についた……根拠のない直感のようなもの。虫の知らせとでも言うべきか、何度となく危険を感じて用心したからこそ今も生きている。
すると、偶然ハッとした顔であさひが思い出したことを口にした。
「あ、そういえばっ! あの、ついさっきそこで……ジェネッタさんに会いました」
「へ? あの、宿屋の看板娘の?」
「はいっ。なんでも、お友達に会いに行くとか」
「こんな場所でか? っていうか、友達できたんだ!? ほら、友達がいなくてぇ〜、とかって前に
「よかったですねっ、ジェネッタさん。そっかあ、お友達ができたんですね」
世界樹の迷宮で会うということは、新しい友人は冒険者なのだろうか? 一応、ジェネッタも第一迷宮程度ならば、パンを焼くために
「よし、あさひ。少し強い魔物も出ることだし、ジェネッタさんを追いかけてみよう。みんなも、いいかな? この先の階段の上、2Fの空白地帯を……って、おい」
振り返ると、アーケンとバノウニがニヤニヤしていた。ポン子に至っては、おおよそ機械らしからぬいやらしい笑みを浮かべている。ヒューヒューと口笛が吹かれ、バノウニはギターでなんだかムーディーな
そういう仲じゃないことを知ってて、仲間たちはおどけてからかってくるのだ。
「いやあ、カズハル! 隅におけませんねー? これは帰ったら、お母様に報告じゃい!」
「う、うるさいよ、ポン子! 外野も! ったく……ここから先は緊張感、頼むよホント」
こうしてカズハルたちは、未知なるフロアへと歩み出した。
その先に、驚くべき強敵が待ち受けているとも知らずに。