カズハルは初めて見た。
あのポン子が、
今までのおどけてだらしない印象が、あっという間に消え去る。
そこには、
「んじゃ、ま……ちょっくら本気、出し、マスカット!」
銃を構えると同時に、ポン子は盾を捨てた。
その盾がまだ、宙に浮いてるうちに……彼女は地を蹴り、あっという間に魔物に肉薄する。無数の
ポン子が距離を詰めた瞬間、ドリアードの表情が驚きに凍る。
だが、容赦なく
銃声が何度か響いて、そして落下した盾が金属音を立てて転がった。
「おっしゃ、取ったどー! ……って、ありゃ? なんかやべー感じだぞい?」
「離れろっ、ポン子!」
「ほいさっさ!」
口調だけがまだ、以前のようにイラッとする。
ドリアードが金切り声を叫んで、ポン子を絡め取るべく蔦を伸ばす。四方八方から伸びるそれを、器用にポン子は空中で全て避けた。
人間には不可能な関節の動きと、その自由度を完全に使い切った気持ち悪い回避だった。
そうしてズシャリと着地したポン子は、リボルバー式の銃から
「カズハル、なんかあれ……回復してるっぽい?」
「あ、ああ。つまり」
「わたしの今の攻撃、無駄だった、的な?」
「まあ、まるっきり無駄でもない……見ろ、さっきより活性化してる!」
そう、ドリアードはまるでダメージを負っていない。
正確には、今しがたポン子が叩き込んだ銃弾の痛みを、あっという間に癒やしてしまった。先程確かに、核となる人型の中枢へポン子は攻撃を集中させた。
だが、ドリアードは驚きこそしたものの、さらに怒りを
「こりゃ、長期戦になるかな……だとしたら、持つのか? 俺たちだけで持ちこたえられるのか」
「とりま、もっかい行こまい!」
「や、ちょっと待ってポン子。完全にいたちごっこになる……むしろ、ドリアードの回復力を超える打撃を与えられないと、詰んじゃうよ」
「まじですかー!? うわぁ、えげつなっ!」
カズハルは冷静を自分に呼びかける。
以前も、第三迷宮『
奇跡を期待してはいけない。
結果的に奇跡だったとしても、その可能性を広げる戦いをしなければいけないのだ。
そして、カズハルの仲間たちも諦めてはいないようだった。
「よぉ、こりゃヤベェな。ちょっとバンカーどけてくれ。フルで死霊出すからよ」
「相手の攻撃力を下げ続ける! いつまで持つかは、ちょっと自信ないけど」
「アーケン、バノウニも!」
カズハルには頼れる友人がいる。
彼等にとっても、自分がそうだったらいいと思える仲間だ。
この状況は絶望的だが、そこで絶望してしまわないのが冒険者なのだ。
「とりあえず、まずはあさひを降ろしてやっか。バノウニ、そっちは頼むわ」
「わかった! アーケンは死霊でみんなを守って」
「んじゃ、ま……いつもの感じでやるしかないね」
三人の少年は、同時に地を蹴った。
その瞬間、今まで立っていた場所に落雷が降り注ぐ。その眩い光の照り返しを受けて、カズハルは全身の筋肉をフル稼働させた。重い盾と鎧の、その重さを忘れてゆくかのような高揚感。極限状態で今、カズハルは銃を撃ちつつ敵の注意を引く。
バノウニの大鎌が、もうすぐ空中のあさひを救出する
その隙をアーケンが死霊でフォローする。
とすれば、まずはドリアードをこちらに引きつける。
「そうだ、こっちだ! 俺を狙え! ……しっかし、凄い回復力だな」
先程からポン子が、積極的に攻撃を仕掛けている。
カズハルも銃弾を叩き込んでいるが、その都度ドリアードの傷は塞がってしまうのだ。致命打どころか、蓄積するダメージすら与えられていない。
逆に、カズハルたちの体力が少しずつ
だが、諦めない。
諦めてやらない。
ここでドリアードを倒しておかなければ、自分たちより未熟な新米冒険者が
そして、意外な人物からの
「えっ? 今、矢が……弓!? いったい誰が――ッ!?」
一本の矢が、ドリアードの中心部に突き立った。
それが飛来してきた方向へと、カズハルは肩越しに振り返る。
そこには、へたりこんで震えながらも弓を構えるジェネッタがいた。
「ウッ、ウチ、友達だから……友達だからっ! 悪いことしてるドリアードちゃんは、止めないとですよぉ」
カズハルは、その瞬間を見逃さなかった。
ドリアードは、自分の胸を貫く矢を見下ろし……
そう、確かにそういう顔をしていた。
そこに付け入る隙を見い出せば、冒険者はチャンスを逃さない。
「今だっ! ポン子!」
「ほいさっさ! いわゆるひとつのぉ、フルバーストッ! 的なやつっ!」
ポン子の銃が火を吹いた。
連なる銃声が連続して、全ての弾丸をドリアードに叩き込んでゆく。
そして、アーケンとバノウニもまた走り出していた。
「おう、バノウニ! あれをやっぞ!」
「え……あれ!? 練習しても一回も成功しなかったじゃないか」
「それはなあ、
「無茶苦茶だ! そういうノリ、嫌いじゃないけどさ。どうせ、成功しなきゃやられるだけだ。ならっ!」
バノウニの全身を、一際強い瘴気が覆ってゆく。
その
いったいなにが……思わずカズハルは、二人のフォローに回りつつ思い出す。以前、酒場で朝食を食べながら「合体攻撃とか格好よくね?」「なんかベテラン冒険者っぽい!」「それって必殺技にしたいよな」みたいなことを話し合った記憶がある。
そして、確かにアーケンとバノウニは、二人で時々なにかを試しているのをカズハルは見ていた。
「おっしゃあ!
「うわわ、身体が軽いっ!? これなら!」
バノウニは今、暗い炎の翼を広げてドリアードに迫る。
その手に持った大鎌が、全力で横薙ぎに叩きつけられた。
絶叫する死霊の嘆きが、その斬撃に何倍もの力を与えていた。
「よしっ、取った! 回復は……しない、な。なんとか倒せたか」
全力の一撃を放ったバノウニが、瘴気兵装を解除すると同時にその場にへたりこむ。アーケンも同様で、
だが、この勝利は奇跡じゃない。
ジェネッタの友達を想う気持ちが、カズハルたちへ勝利をもたらしたのだ。
やっと自由になったあさひも、流石にいつものような明るさがない。
一方で、早速ポン子は鼻歌交じりにドリアードから使えそうな素材を切り取り始めているのだった。