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 ジルベルトの冒険が始まった。
 カラブローネがギルド『タービュレンス』の登録手続きをしてくれて、早速レムリアの大地に(おもむ)いたのである。
 最初の仕事は、迷子の捜索だ。
 たまたま出会った、同じ新米冒険者のビルギッタの依頼である。

「でも、助かりました。ジルベルトさんたちのような親切な方たちに会えて、本当によかったです」

 石造りの荘厳(そうごん)な遺跡を進む中、ビルギッタが隣で微笑む。
 ジルベルトとしても、未知の迷宮を女の子一人で歩かせる訳にはいかなかった。冒険者の基本は、パーティを組んでの集団行動だ。互いに連携して、知識と技術を共有するからこそ探索がはかどるのである。
 勿論(もちろん)、それが一番生存確率が高いというのが大事なことだ。

「ジルでいいよ、ビルギッタ。さっきみたいに魔物も結構出るみたいだし、護衛は任せて」
「ありがとうございます。でも、驚きました……この遺跡はいったい」

 未知の群島、レムリア。
 中央に世界樹を(いだ)く、この度の冒険の舞台である。
 その全てが謎に包まれており、確たる情報も少ない。探索司令部からは、原住民のいない無人島との話しか聞かされていなかった。そして、危険な魔物が(ひそ)んだ遺跡が点在しているとのことだった。

「見て、ビルギッタ。この壁、同じ大きさの岩を綺麗に積み上げてる。全く隙間なく精密にね。これって、かなりの技術がないとできないよ」
「本当だ、凄い……ジルさん、つまり」
「今は無人島かもしれないけど、かつてはそうじゃなかったかもね。おっと、危ない」

 壁から天井を見上げるように(あお)いで、ほえー、と驚きにビルギッタは感嘆の溜息。そして、そのままのけぞって転びそうになるところを、ジルベルトが慌てて抱き止めた。
 そのようすを、後ろからニヤニヤと眺めて笑う男が一人。
 師にして保護者、カラブローネがなんだか少し気持ち悪い笑顔になっていた。

「なんですか、師匠。なにか、おかしいことありました?」
「うんにゃ? いやー、おじちゃん嬉しくてねえ。……この遺跡、謎と神秘に満ちてやがらあ。そういうのにやっぱ、先生としては興味持ってほしいんだヨォ」
「……ですよね。かなり高度な文明があったような。でも、その人たちはどこへ?」
「それを調べるのも、冒険者のお仕事だねえ。で……こっちのお嬢ちゃんはなにしてんだい?」

 どこか嬉しそうなカラブローネが隣を見やる。
 そこには、優美な笑顔で一人の少女がスケッチブックを広げていた。
 彼女の名は、リベルタ・フォン・グリントハイム。先程のマギニアでのいざこざの際に、仲介に入ってくれたインペリアルである。
 何故(なぜ)かリベルタは、ゆるみきった笑顔だ。
 そっちはそっちで、カラブローネと別の意味で少しキモい。

「ああ、お気になさらずですわ。その、素晴らしい遺跡なので少しスケッチを」
「って、こりゃジルとビルギッタちゃんかい? おーおー、絵が達者だネェ」
「あまりにも(とうと)くて……あ、いえ、こっちの話ですの」


 リベルタはあのあと、最初の仕事に同行してくれることになった。今、ビルギッタとはぐれてしまった迷子のライカという人物を捜索中である。
 リベルタと目が合うと、彼女はニコリと優雅な笑みを返してくれる。
 流石(さすが)は帝国騎士、本物の貴族様だ。ジルベルトのような、辺境のド田舎で領主の家に生まれた人間とは、根本的になにかが違うような気がした。
 それと、先程広場で見た形相、あれはなにかの見間違いだろう。

「さ、ジルベルト様。皆様も、進みましょう。……ところで、一人足りないようでしてよ」
「えっ? ……あ、あれ!? え、まひろがいない?」

 今日はメディックのビルギッタも入れての、五人パーティだ。冒険者の活動単位としては最大人数で、かなりバランスのいい構成である。
 それなのに、気付けばあの広場で再会したまひろの姿がなかった。
 先程まで、自分と一緒に戦ってたのに、今は影も形もない。

「師匠、まひろがいません! どうしてまた、単独行動なんて」
「面白い子だよねえ……ちょいと臭うけどヨォ。ま、そのうち帰って来るでしょーよ」
「そんな呑気(のんき)な。一人じゃ危ないって――あ! いた!」

 石の回廊が続く迷宮の奥から、とてとてとまひろが走ってくる。その手には、見慣れぬ小動物が抱き締められていた。

「ジル、ごめんです! でも、もしかして……ライカはこの子じゃないでしょうかっ」
「まひろ、勝手に動くと危ないよ? ……あとね、その動物ね」

 言われてハッとしたのも事実だった。ライカを探してと言われたが、考えてみればライカが人間だとは言われてない。ジルベルトは、自分の先入観を自分で修正し、改めてまひろをたしなめる。同時に、昔兄と見た図鑑でその小動物に見覚えがあった。

「まひろ、スカンクって知ってる?」
「スカンク? あっ、この子はライカではなくスカンクなのですか?」
「まあね。で、危ないよ? その動物、見知らぬ緊張状態になると――」

 その時だった。
 大人しくまひろに抱えられていたスカンクが、ボフン! と爆発する。そう、この小動物は危険を感じると、放屁(ほうひ)して外敵を遠ざけようとするのだ。
 爆心地でまひろが、一瞬表情を失う。
 そして、次の瞬間には彼女は取り乱して転げ回った。

「わわっ! 臭いです! 兄様の靴下より臭いのです! う、ううーっ!」

 スカンクは逃げていった。
 そして、まひろがジタバタと空気をかき乱す。その手が壁に当たって、ガコン! と不穏な音がした。ジルベルトが「あっ」と息を呑んだ、その時にはもう……ちゃっかりカラブローネだけがビルギッタを連れて一歩下がっていた。
 突如、上から降ってきた大量の水がジルベルトとリベルタ、そしてまひろを襲う。

「っ、なに!? まひろ、リベルタ、大丈夫? これは……っ、んんんッ!?」

 鼻孔を突き刺す激臭。
 落ちてきたのは、物凄い悪臭を放つ汚水だった。
 そして、ジルベルトは隣にやっぱり見てしまった。
 あんなに優雅だったリベルタが、乙女とは思えぬ顔で鼻を押さえて叫ぶ。

「げえええっ! なんじゃこらー! 臭っ! くっさ! 殺す気かっての!」

 リベルタが壊れた。
 っていうか、こっちがもしや()なのでは?
 そして、酷い臭いの二連撃を食らったまひろは……ぐずって泣き出した。

「う、うっ、うう……えうー! 臭いのです! うえーん!」

 ちょっと、訳がわからない。
 まひろが突然、幼子みたいになってしまった。
 だが、ジルベルトは冷静に頭脳を回転させる。これがもし毒だったら? この遺跡に、侵入者を阻むトラップがあるとしたら? そもそも、毒ならどういう(たぐい)のものか?

「呼吸や肌に異常はない、酸や神経毒ではないみたい。遅効性の毒だとしたらまだ間に合うし、みんな! 落ち着いて!」
「……良い判断だヨォ、ジル。うんうん、おじちゃん鼻が高いねえ」
「師匠、しれっと避けましたよね? 一人だけ逃げましたよね?」
「いんやー、びっくりしたねえ。ビルギッタちゃんを守るので精一杯だったヨー」
「まったく、この人は」

 まひろが引き起こしたトラブルの中で、カラブローネだけが終始冷静で臨戦態勢だったのだ。そして、ジルベルトたちには隙があった。
 ただ、咄嗟(とっさ)に毒性はないと判断した、そのリカバリーだけは褒めてくれるカラブローネであった。

「ちょっと戻ったとこに水場があったネェ。いっといで。ってゆーか、ほんと臭いから行ってきなさいって」
「はいっ、師匠!」

 ジルベルトに先んじて、おしとやかなイメージを完全に捨て去ったリベルタが猛ダッシュで消えていった。急いであとを追うジルベルトだったが、すぐに止まって引き返す。

「ほら、まひろ。泣かないで? 行こうよ」
「ううっ、ジル……ごめんです。わたし、また失敗したのです」

 うおーん! と泣き出したまひろの手を引いて、やれやれと苦笑しつつジルベルトは走り出す。その先に運命が待ち受けているとも知らずに、乙女たちは水場へと駆け出すのだった。

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