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 第二迷宮『碧照ノ樹海(ヘキショウノジュカイ)』は今日もざわついていた。冒険者たちは活気に満ちて、意気揚々とそこかしこを行き来している。
 それも地下三階に来ると、不気味な静寂へと変わった。
 カラブローネにとっては、今日はここからが本番の冒険だった。

「へえ、そんな出来事があったんだねえ。鹿、ねえ……そりゃ逃げて正解だヨ」

 ジルベルトの話を聞きながら、うんうんとカラブローネは頷く。
 その間も、周囲に気を配って緊張感を張り巡らせた。
 ここはまだまだ地図の空白地帯も多く、今日はその未調査の区画を歩くのが目的た。
 勿論(もちろん)、この奥には恐るべき魔物、獣王ベルゼルケルが潜んでいるのはわかっている。未完成の地図を見ても、おぼろげにその玉座は見えつつあった。
 今日は暴君(タイラント)への謁見の予定はない。
 ジルベルトやリベルタ、まひろといった少女たちを連れてるのも、探索が目的である。

「で? なーんでまひろちゃんはさっきからカチコチなのかなぁん?」
「それが師匠、えっと……本人も凄く反省してるらしくて」

 そう、前をユーティスと並んで歩くまひろは、おかしかった。
 慎重に、神妙に、そういう気概が満ち満ちている。気負いまくって、歩調もぎくしゃくとしていた。
 恐らく、先の小迷宮『小さな果樹園』で懲りたのだ。
 何度も失敗して、ちょっとずつ学んではいるようである。
 そのまひろだが、カラブローネの視線に気付いて振り向くと、ニッコリ笑った。

「わたしはわかったのです! いつもウオー! ってなって、ウワー! ってなるの、ダメなのです」
「うんうん、そうだねえ」
「だからっ! まひろは考えたのですっ!」

 突然、ガシッ! とまひろはジルベルトの腕に抱きついた。
 その隣で、リベルタがにちゃにちゃとゆるい笑みで固まる。

「わたしっ、ジルの言うことを聞くです! いい子するのです。なんでも言われた通りに頑張るですっ!」
「えぇ……ちょ、ちょっと待って、まひろ」

 ジルベルトの困惑も当然だった。
 突然、力の有り余った大型犬の飼い主になれと言われたら、誰だって困るだろう。だが、フンスフンスとすっかりまひろは懐いてしまっていた。
 だが、そこで言葉を選べるジルベルトをカラブローネは見逃さない。

「あのね、まひろ。私の言う通りに動くっての、ダメだよ?」
「ほえ? ダメですか」
「うん、あとイヤ。いい? 私になにかあったら、まひろは動けなくなっちゃうんだよ? そういうの、仲間って言わないでしょ」
「……じゃあ、リベルタにお願いするです」
「そういうんじゃなくてさ」

 まひろからするりと腕を引っこ抜きつつ、そのままジルベルトは肩を抱く。そして、額を寄せ合うようにして真っ直ぐに見詰めて話した。

「まだ難しいかもだけど、衝動を自分でコントロールするの、少しずつやってこ?」
「は、はいですっ!」
「誰も命令しないし、そもそもそういうのじゃないと思うんだよね、冒険者って」

 思わずカラブローネもうんうんと腕組み頷いてしまう。
 しかし、そこで振り向いたユーティスが真顔で一言。

「であれば、まひろは自分の行動をマニュアル化しておくのがいいかと思われます」
「まぬある、ですか」
「ええ。基本的な戦術をざっと40,000パターン程暗記しておけば」
「え、あ……お? え、えと、よんまん……」

 まひろは両手の指を広げて折りながら、目を白黒させはじめた。
 それで、やれやれとカラブローネは二人の間に入る。
 まったくもって、今日は問題児だらけの教室を引率する教師の気分だ。

「あのねえ、ユーティス。お前さんはそういう風にできてるかもしれないけど」
「まひろの身体能力と反射神経、その他の機能は常人を凌駕しています。物理的には可能かと」
「もっとこぉ、柔軟にさぁ、ねえ? ルーチンワークやってんじゃないのヨ」

 ユーティスは端正な真顔のまま、小さく首を(かし)げる。
 こっちはこっちで、なかなかにやっかいな若者だった。
 けど、嫌じゃない。
 面倒には思うが、その面倒を見るのも年長者の務めとも思う。それに、

「まあ、お前さんたちはどこかちょっと、似た者同士かねえ。凸凹(デコボコ)コンビ、上手くやんなさいよ。ユーティスはまひろちゃんに、まひろちゃんはユーティスに、お互い学びなよぉ」

 ユーティスとまひろは、同時に自分を指さした。
 そして、息ぴったりに声を上げる。

「わたしとユーティスがですか? 全然似てないと思うです」
「私とまひろとの同一性に関する一致率、17%……似てないかと」


 そういうとこだぞ、と思ったが、カラブローネは苦笑が込み上げた。なかなかに手強い厄介者たちだが、こう見えても修羅場や鉄火場では頼りになることもわかっていた。
 だが、今日はそういう機会は訪れない。
 そう思っていると、巨大な扉の前で意外な人物と出会った。

「やあ、タービュレンス、そしてストラトスフィア。そっちも地図埋めかな?」

 ウィラフだ。
 しなやかな肉体美は防具も最小限で、麗しの脚線美に思わずカラブローネは目を細める。だが、この場所まで一人で探索をこなしてしまうということは、凄腕の冒険者だということを如実(にょじつ)に示していた。
 そのウィラフだが、すぐに真剣な表情で情報を共有してくる。

「この間、オリバーとマルコがやられたよ。二人とも重傷、半月はベッドの上ね」
「おや、そうかい……あの二人ほどの手練(てだれ)がねぇ。……この奥でかナ?」
「そう、この扉の奥に奴がいる。獣王ベルゼルケルは恐ろしい強さだよ」
「ほいほい、んじゃま……地図に書いて、ずらかるとしましょうかねえ」

 正直、このメンバーでは勝機は絶望的だ。ハナから、戦うことは想定していないのだ。やはり、エイダードやヴァインといった戦い慣れてる面子(めんつ)が必要である。
 勿論、ジルベルトたちを信用していない訳じゃない。
 ただ、リスクが高過ぎるし、まだまだ踏んだ場数が少な過ぎた。

「か、帰るですか? この奥に悪い子がいるんじゃ」
「はーい、まひろちゃん? 帰りますよぉ?」
「やっつけないですか」
「うんうん、下準備も必要だしネ。慎重になるって、そういうことだって今日は覚えて帰ってねぇん?」
「はいですっ!」

 いいお返事だと思った、その時だった。
 突然の異変がカラブローネたちを襲う。
 不意に扉の向こうに眩しい光が走った。一瞬、迷宮(ダンジョン)の全てが漂白されたように眩しくて、その輝きは数秒間続いた。どこか、樹海磁軸(じゅかいじじく)の光に似ている気がした。
 だが、激しい閃光が収まった次の瞬間……悲鳴が響く。
 扉の奥から、聞き覚えのあまりない言語が叫ばれた。

「……ウィラフちゃーん? この部屋、他の入り口は」
「ないよ、いまんとこ! でも、中に人がいるっ!」
「んー、なんか突然生えてきたって感じで現れたねえ。……確かに、気配が二つ。やばいねぇ」

 迷宮はいつでも、唐突に条理や常識を裏切る。なにが起こっても不思議じゃない、ここはまさに謎と神秘の秘境なのだ。そして、迫られる決断。時間はあまりにも猶予(ゆうよ)がない。
 むー! と飛び出すのを我慢してるまひろをちらりと見て、そして英断を下す。
 気が重くて心底うんざりしたが、カラブローネは先頭に立って扉を開くのだった。

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