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 絶体絶命の危機。
 それを今、ジルベルトは言葉ではなく肌で感じていた。
 自明、理解、把握。
 どう考えても絶望的な状況だった。
 それでも、気付けば仲間へ叫んで走り出していた。

「まひろっ!」
「はいです!」
「ん、いいお返事!」
「弱い子二人はわたしが守るです! ドーンとお任せなのです!」
「んー、言い方、言い方。でも、頼むね!」

 すぐにジルベルトは走り出す。
 その視界の隅で、獣貌(じゅうぼう)の少女が保護者を抱きかかえていた。そして、生真面目に盾を構えてまひろが護衛を務めている。
 こういう時は、とても頼りになるし心強い。
 そして、脚を使うジルベルトの横に影が並んだ。
 全く呼吸も乱さず、真顔でユーティスが並走してくる。

「ジル、方陣の中で戦うことを提案します。回復の援護が得られるかと」
流石(さすが)師匠だよね……なんだかんだいっても、この術の規模、範囲」

 ミスティックと呼ばれる術師たちが扱う秘法、方陣術。
 一定の範囲に精神力を広げ、光を(つむ)いで陣となす。無数の(まじない)と紋様に彩られた方陣からは、無数の力がその都度溢れ出るのだ。そして、その効果と射程距離は術者の力量に左右される。
 死闘の地と化した広間の大半を、柔らかな白い光が波打ち走っていた。

「さーてぇ、まずは腕だねぇ。ほいよ、っと」

 カラブローネの声は普段通りで、飄々(ひょうひょう)として覇気がない。
 いつもと変わらぬ気の抜けたその言葉に、ジルベルトの緊張が弛緩してゆく。
 そう、普段と変わらず戦える(はず)だ。
 粟立(あわだ)つ肌の震えも止まったし、仲間たちもよく見えてる。
 例え相手が獣王ベルゼルケルでも、決して(すく)んだりはしない。
 その獣王ベルゼルケルだが、不意に唸ってよろめいた。

「腕封じの術が効いた!」
「ようですね。では、今のうちに」

 シュッ、とユーティスの姿が隣から消える。
 次の瞬間には、両腕を抱えて震える獣王ベルゼルケルが絶叫した。耳をつんざくおぞましい咆哮(ほうこう)が、全身で痛みを伝えてくる。
 跳躍したユーティスから、驟雨(しゅうう)(ごと)く投刃が放たれた。
 その一本が、見事に獣王ベルゼルケルの右目に刺さっていた。
 毒を塗り付けたもので、ぐらりと巨体が揺らぐ。
 手の指で抜こうともがくが、暴君の剛腕は痺れるように宙を掴むだけだった。

「毒だ……よし、しかけるっ!」


 加速するジルベルトが風を呼ぶ。その気流が光を(はら)んで、一秒前の彼女を増やし始めた。ヒーローの戦技にある、残像だ。シノビの分身と違って物理的な『もう一人の自分』ではない。足さばきが生んだ『ついさっきの自分』である。
 迷わずジルベルトは、抜剣の光に冷気を呼ぶ。
 雪の結晶が刃を彩り、鋭い絶対零度の一撃が放たれた。
 凍破斬(とうはざん)の一撃が、巨木のような王の脚を切り裂く。
 一拍の間を置いて、ジルベルトの残像が傷を同じ技で(えぐ)った。

「い、いけるね……うん、私たち戦えてる!」
「おうてばよっ! んでっ、体勢を崩したとこにいいいい、うらさーっ!」

 間髪入れずに、砲剣を大上段に構えて影が飛ぶ。
 もはや御令嬢の仮面をかなぐり捨てて、必死の形相でリベルタが落ちてきた。
 真っ正面からの脳天唐竹割(のうてんからたけわり)で、獣王の眉間(みけん)に血の柱が屹立(きつりつ)する。
 渾身のアサルトドライブだった。
 ジルベルトと同時に一歩引いたリベルタの手で、白煙を巻き上げ砲剣が冷却に入る。

「どやっ! ……な、なんか、これ……いける感じじゃん?」
「油断禁物だよ、リベルタ。でも、うん……手応えがあるっ!」

 だが、新米冒険者たちの攻勢もここまでだった。
 腕の感覚を取り戻した獣王ベルゼルケルは、恐るべき一撃を振り下ろしてくる。当たるどころか、(かす)っただけでもただでは済まされない。間一髪で二人の少女が避けた瞬間、今まで立っていた場所がクレーターとなって()ぜ割れた。
 しかし、大地が割れてひび割れても……方陣の光はたゆまず輝きを増していた。

「ん、ユーティス。麻痺入れとくか……ほい、ほい、ほいっと」
了解(コピー)。麻痺毒の投刃による遊撃を行います」

 老練なる手練手管(しゅれんてくだ)に抜かりはなかった。
 再び暴れ始めた暴力の権化を、方陣はその姿を変えつつ包囲して塞ぐ。
 そして、今度は獣王ベルゼルケルの全身が痙攣に震え始めた。
 その瞬間を見逃すジルベルトではない。

「今だっ! リベルタ!」
「冷却完了まで60秒ってとこかな、ん……やったらんかーい!」

 半ばヤケクソ気味にリベルタが吶喊(とっかん)する。
 その手がひきずる巨大な砲剣が、地面をひっかき赤く()いていった。
 続くジルベルトの脳裏に、即座に連携の方程式が組み上げられてゆく。

「オーバーヒートしてたって、当たれば痛いよん?」

 袈裟斬(けさぎ)りの一撃が獣王を断ち割る。強力なドライブ攻撃を封じられて尚も、その刃は質量を武器にした断頭台(ギロチン)に等しい。
 呻いて一歩、暴君が下がった。
 その間隙にジルベルトは、全身を押し出し剣を振るう。
 さらなる一撃が重ねられて、残像が正確にその斬閃(ざんせん)をなぞった。

「っ、やべ! もうちょい! もうちょい時間頂戴! 冷却終了まで、あと15秒」
「なら、あと一撃? ううん、足りない……あと二撃!」

 よろけながらも、激昂(げきこう)に獣王が鉄拳を振るう。まるで戦鎚(ハンマー)のようで、咄嗟(とっさ)にジルベルトは盾を構えた。遠くから、フォローにまひろが残像を飛ばしてくれたのも見えた。
 だが、獣王ベルゼルケルのパンチは一瞬でまひろの残像をかき消した。
 そして、やや減速しつつもジルベルトの盾を真芯で捉える。
 激しい衝撃に吹き飛び、それでもジルベルトはなんとか残像を絞り出す。やや(いびつ)で輪郭のぼやけた幻影の自分は、次のパンチをリベルタの代わりに受けて蒸発した。

「あーもぉ、あと少し! 少しなんだけどさぁ」
「リベルタ、そういう時はふーふーするです! 兄様がいつも、熱い食事はふーふーしてくれるです!」
「それな! ……って、そういう話じゃ――きたっ! この瞬間を……待っていたあああっ!」

 攻守逆転の危機かと思った。
 だが、その男は静かに戦いの行間に描写を刻む。言葉にならない無音の殺意……ユーティスは皆の前に割り込むや、漆黒のクロークを(ひるがえ)して身を捩る。黒衣の端が千切れて風に舞う中、ユーティスは無言でナイフを繰り出していた。
 それは、冷却終了を砲剣が歌うのと同時。

「みんな、離れて! っ、ああああっ! 当たってえ、砕けえええええっ!」

 リベルタが身を浴びせるように、両手で引き絞った砲剣を突き立てた。獣王ベルゼルケルの巨躯(きょく)が、腹部を穿(うが)ち貫かれてゆっくりと揺れる。
 刹那、体内深く刺さった砲剣がフレイムドライブの業火を炸裂させるのだった。

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