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 一つの戦いが、終わった。
 まさしく死闘、全力全開の決戦だった。
 そして、ジルベルトたちは薄氷を踏む思いの中、勝利を手にしたのである。
 緊張に(たかぶ)る意識は妙に冴えてて、全身が熱く呼吸を()かしてくる。
 そんなジルベルトの肩が、突然背後からポンと叩かれた。

「お疲れ様。ターヴュランス、だったよね? 見事としか言えないわ……よくぞこの戦力で」

 振り向くと、ウィラフが微笑んでいた。
 そういえば、戦王ベルセルケルとの戦闘中、周囲の魔物が乱入してくる気配がなかった。森の破壊者が無数にいたはずだが、どうやらウィラフが足止めしてくれてたらしい。
 見えないところで、多くの者たちに助けられていたという事実。
 この場の誰一人欠いても、恐らく勝利はありえなかっただろう。
 そう思ったら、とたんに脚が萎えてジルベルトはその場にへたりこんでしまった。
 だが、すぐに無邪気な歓喜を爆発させた少女が飛び込んでくる。

「ジルッ! やったです、わたしたちの勝ちです! 勝ったのですっ!」
「わわっ、まひろ? ちょ、ちょっと! どう! どうどう」
「わたし、嬉しいです! ちゃんと立派に、冒険者できたです!」
「ま、そだね。まひろもお疲れ様、みんな頑張ったよね」

 じゃれつく大型犬のようなまひろに抱き締められつつ、よしよしと頭を撫でてやる。彼女はずっと理性的に行動してくれて、謎の異邦人たちを最後まで守り通してくれたのだ。
 その二人組だが、改めて見ると奇妙である。
 誰もが戦いの終わりに安堵して、そしてようやく疑念と好奇心を励起(れいき)させた。
 その視線を受けて、ヒロと呼ばれていた青年が話始める。

「あ、えっと……言葉、通じるかな。とりあえず、その、ありがとうございました」
「わたしが通訳しますね、ヒロ。えっと、彼は御礼を言ってます。わたしからも感謝を」

 言葉は通じなくても、どうやら話の分かる人物らしい。
 ウカノと名乗ったイクサビトの少女は、やや(なま)りがあるがこの世界の公用語を話した。
 さて、どうしたものかとジルベルトは立ち上がる。
 その周囲に、リベルタやユーティス、カラブローネが集まってきた。パンパンと手を叩いて、早速慎重にカラブローネが話を進める。

「はいはい、お疲れちゃーん。で、ウカノちゃんとヒロ君? だったっけ? ちょーっと待ってね、こっちもみんなで意思確認するからねぇん。あ、基本は友好と保護の方向でネ」

 そうして二人に背を向け、カラブローネが仲間たちにも集まるように手招きする。その顔はもう、疲労困憊(ひろうこんぱい)(きわみ)といった形相でやつれてさえ見えた。
 それでも、カラブローネは大事なことを順に確認してくれる。

「えっと、あの二人は正体不明なんだけどねぇ……一応、ウロビトとしてはイクサビトを捨て置く訳にもいかないのよぉ。もう一人もちょっと混乱してるみたいだしサ」
「師匠、悪い人じゃないみたいですけど、でも……さっきの光、気になります」
「カラブローネ、とりあえずは拘束してマニギアへ連行することを――あ、いえ、非武装の民間人のようですし、保護という形が適当かと」

 迷宮を探索する冒険者にとっては、真実こそが全てだ。
 ヒロとウカノは、謎の光と共に突然現れた。
 それは非常識で不可解でも、現実なのだ。

「なんかさあ、なんとなく樹海磁軸(じゅかいじじく)の光に似てたような……もっとピカッとしてたけどさ」
「リベルタの言う通りなのです。凄く光ったです――あ! そう、こんな感じだったです!」

 まひろの声が突然、世界の全てを白く染めた。
 そう、光だ。
 再び眩い閃光が広がり、全てを飲みこんでゆく。
 その中でジルベルトは、思わず危機を察して身構えた。
 この迷宮で……レムリアと呼ばれる群島で、なにかが起こっている。
 今また、この瞬間もそれが再現されようとしていた。

「ジル、危ないっ! どりゃせっせーっ!」

 刹那、突然ドン! とジルベルトは突き飛ばされた。
 よろけて転んで、そのまま転がり立ち上がる。
 そうして戦闘態勢を整えた時には視界が戻り始めていた。
 そして、身を刺すような殺気に空気が凍ってゆく。
 最初に見えたのは、赤。
 それは血の赤、鮮血だった。
 紅い鎧の少女が、吹き飛ばされた先で血の海に沈んでいた。

「リベルタ? ……嘘、だよね? それに……こいつは、ッ!?」

 目の前に今、敵意の塊がそびえていた。その巨躯から発せられるプレッシャーは、先程の獣王ベルゼルケルとは比べ物にならない。
 そう、王を倒したジルベルトたちの前に突然……神が舞い降りた。
 それは戦の神、虐殺の神である。
 そして、背後でウカノの震える声が正体を教えてくれた。

「そ、そんな……あれは」
「ウカノ? だ、大丈夫? 震えてる……」
「ヒロ、あれは……まつろわぬ太古の厄神(やくしん)。原初の獣神にして、この世の(いしずえ)……()は、その名は――」


 ――ケルヌンノス。
 昔、ジルベルトもなにかの書物で読んだことがある。
 そういう名前の古き神がいて、今とは違う世界が広がっていたのだ。その名を頂く危険な魔物の話も、冒険者になってから勉強した記憶がある。
 其は、ケルヌンノス。
 呪われし祭神の名を冠した、獰猛な獣の姿がそこにはあった。

「たっは、おいおいおい……ユーティス、援護するからリベルタの嬢ちゃんを回収、そののちにずらかろうや」
「しかし、カラブローネ。既に我々に残された余力はありませんが」
「そうなんだよなあ……しかしなんだって、ケルヌンノスが。お前さん、北のハイ・ラガートとかにいるんじゃないのかよぉ」

 カラブローネのぼやきへの返事は、鉄拳だった。
 憤怒のケルヌンノスが放った一撃に、咄嗟にジルベルトは回避を選択した。勝手に体が動いた、本能が逃げろと叫んできたのだ。
 同様にカラブローネも後ずさって、方陣を広げ始める。
 だが、心なしかその光も今は少しだけ弱々しい。
 消耗が激しいのは皆が同じで、ユーティスだけが普段と変わらず真顔で身構えている。
 そして、再度ヒロを抱き上げ走るウカノ。
 その背を守って、恐るべき一撃を受け止める姿があった。

「ま、まひろっ! 一人じゃ無理、今は距離を取って!」

 そう、まひろだ。
 両手で掲げた盾で、真正面からケルヌンノスの剛撃を受け止めていた。
 だが、様子がおかしい……小刻みに震える彼女の、白い髪がふわりとたなびく。
 次の瞬間、ケルヌンノスに匹敵する戦慄が場を支配した。

「う、ううっ……リベルタ……う、うう! うわああああああああっ!」

 白い炎が烈火と燃えて、少女の中の英雄が泣き叫ぶ。
 そうあれかしと造られた肉体が、その身に刻まれた呪いがまひろを駆り立てた。
 あっと言う間に彼女は、抜刀と同時にケルヌンノスに突進してゆく。
 ジルベルトは頭が真っ白になった。
 無茶で無謀な自殺行為に、即座に反応したのはやはりユーティスだった。

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