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 厄神(やくしん)の名を冠する魔物とはいえ、生物。
 殺せぬ道理はない……まして、首を斬られての致命傷だった。
 だが、信じられない光景にジルベルトは絶句する。
 仲間たちも皆、言葉を失っていた。

「嘘……傷口が、塞がっていく」

 リベルタを抱き起こしつつ、ジルベルトは(くちびる)を噛んだ。
 確かに今、まひろの剣がケルヌンノスの首を両断した。その一撃を放った本人も、突然のことにあんぐりと口が開きっぱなしになっている。
 ケルヌンノスは光と白煙を振りまきながら、あっという間に再生し始めた。
 ユーティスが穿(うが)(えぐ)った脚の傷も同じである。

「ん、ん……んあ? あ、あれ、アタシ……」
「あ、リベルタ! よかった、気が付いたんだね」
「うっ、どれくらい気を失って……っていうか、それを言うならジ・エンドだろおおおおお!」
「思ったより元気みたい、つかまって。立てる?」
「わはは、元気元気! これくらいで帝国騎士が、っはう! イチチ……こりゃ肋骨(あばら)何本か持ってかれたね」

 気付いたリベルタは、渾身(こんしん)のツッコミと同時に起き上がった。
 そして、笑顔を見せたまま固まり、脇腹を抑えて真っ青になる。
 でも、生きててくれた。
 それだけで嬉しくて,ジルベルトの折れかけた心に火が灯る。
 そこに、ウィラフの声が奇跡の正体を告げてくれた。

「タービュランス!  ストラトスフィアも! 後ろ、ケルヌンノスの背後を見て!」

 丁度、ジルベルトたちはケルヌンノスの後ろ側にいる。
 慌てて周囲を見渡せば、異変の正体がすぐに知れた。

「なにあれ、ボールアニマル? じゃない、なんか光ってる!」
「ジル、あいつ……ひょっとして、ケルヌンノスを回復させてんじゃない?」
「……そっか、わかった。カラクリさえわかれば、まだ戦えるっ!」

 それはボールアニマルの亜種で、ヒーラーボールという。二匹のヒーラーボールが、まるで(かしず)く従者のように控えていた。まるでケルヌンノスの巨体に隠れるようにして、今も癒しの光を発していた。
 ならばとジルベルトは剣を構えなおす。
 だが、そんな彼女を手で制してリベルタが立ち上がった。

「ジル、あれはアタシがなんとかすっからさ……ケルヌンノス、やっちゃいな? ジルならできるって」
「で、でも、リベルタ」
「砲剣オーバーヒート前にくたばってたら、帝国騎士の名折れですわよ? みたいな?」

 少しよろけたが、リベルタはしっかりと立って走り出す。
 重そうに引きずる砲剣が、大地をひっかき高鳴り始めた。その背を見送り、ジルベルトも最後の力で駆け出す。
 ケルヌンノスの傷は癒えつつあるが、よく見ればまだ全快にはほど遠い。
 そして、これ以上はもう回復しないだろう……友への信頼がジルベルトを駆り立てる。
 実際、視界の隅ではリベルタが獅子奮迅(ししふんじん)の大活躍に踊っていた。

「このっ、アニマルダンゴッ! かーらーのーっ、もう一丁!」

 強烈な斬撃で、リベルタがヒーラーボールを斬りつける。そのまま刃に血を吹く球体をぶら下げたまま、もう一匹へと叩き付けた。
 そして、二匹まとめてフレイムドライブの炎で消し飛ばした。
 その反動でふらりとよろけて、リベルタはその場に崩れてうずくまる。
 だが、彼女の務めは終った……もう、厄介なヒーラーボールはいない。

「次は私だ……速く! もっと(はや)く! 傷が塞がり切る前にっ!」

 残像が無数に増えて、疾駆するジルベルトの周囲に並んで浮かぶ。
 既に疲労で肉体は限界を超えていたが、その向こう側へとさらにジルベルトは踏み込んでゆく。そんな彼女に、ゆっくりとケルヌンノスが振り返る。
 炯々(けいけい)と光る双眸には、激昂(げきこう)に燃える光が揺れていた。
 だが、巨獣が踏み出す一歩を方陣の光が絡めとる。

「脚を封じた、まひろちゃん! ユーティス! あとは、頼む、よん……ガクッ」

 唸るケルヌンノスの動きが止まる。
 カラブローネの最後の力が、ギリギリ限界まで広げた方陣に力を与えたのだ。そして、そのチャンスをさらにまひろがこじ開けてくれる。

「ジル、そのまま突っ込むです! 悪い魔物を、一緒にやっつけるですっ!」

 盾を拾ったまひろが、そのままケルヌンノスにぶつかってゆく。盾をかざしてのシールドアーツで、さらに踏み込むまひろは背中を盾に押し当て地を蹴る。
 二重の衝撃に盾が割れる中、脚の利かないケルヌンノスが大きくよろけた。
 その瞬間にはもう、ジルベルトは大きく剣を振り絞って跳躍する。

「一点に集中させれば……いっ、けえええっ!」

 ドン! とケルヌンノスの首筋に刃が食い込む。
 それは、先程まひろが切り裂いた傷跡だ。
 そして、一撃では終らない。
 次々と幻影が舞い降り、同じ場所へと連撃が降り注ぐ。
 全ての残像が追いつき、そして消えた瞬間……ジルベルトは勢いよく払い抜けた。
 おぞましい絶叫を張り上げ、ケルヌンノスが背筋を反らす。

「今だっ、トドメを……あ、こら、私……動け、動いて……駄目だ、もう、身体が」

 全身の力が抜けてゆく感覚。
 もう、ジルベルトは指一本動かせなかった。
 意識が遠のき、視界が狭くなってゆく。
 だが、まだケルヌンノスは生きていた。
 流血に赤い雨を振りまきながら、徐々に方陣の束縛を振り切ろうとしている。
 あと一撃、たった一撃あればいい。
 そのジルベルトの祈りが、願いが黒い疾風(かぜ)を呼ぶ。

「ジルベルトの保護を最優先、撃破対象ケルヌンノス……最終処理、実行」

 冷たい声がひやりと心地よくて、ぎこちなく機械的な両手がジルベルトを空中で抱き留めてくれた。その時にはもう、ユーティスのナイフは投擲(とうてき)されて目の前のケルヌンノスへ、その眉間に突き刺さっている。
 そう、ユーティスだった。
 そのまま彼は、重力に捕まる限界点の中で身を(よじ)る。
 渾身の回し蹴りは、どこか人間の関節の可動領域を超えていた。

「これで終わりです」


 狙い(たが)わず、ユーティスは自分のナイフを蹴り抜いた。
 ケルヌンノスの頭部を突き抜けて、その刃が向こうの壁へと突き刺さる。
 頭蓋を貫通されたケルヌンノスは、ぐるりと白目を剥いて倒れるのだった。
 そこまでがジルベルトが見て、記憶した激闘の結末だった。
 そして、そのままジルベルトは柔らかな闇の中へと意識を混濁させてゆくのだった。

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