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 リベルタは夢を見ていた。
 それが夢と自覚できる、まさしく明晰夢(めいせきむ)というやつである。
 そうそう遠くもない、ちょっと昔の記憶。まだ先日まで、帝国で騎士学校に通っていた頃の思い出だ。羨望(せんぼう)と称賛、少しの()びと恐れ……そして、退屈の日々だった。

流石(さすが)ですわ、リベルタ様!』
『やっぱ凄ぇわ。かの名門、グリントハイム家のお嬢様だもんな』
『はあ、素敵……お姉さまってお呼びしたいわ。そして二人で……ポッ』
『ゆくゆくは、花の王宮で近衛騎士(このえきし)ってか? 羨ましいね、ハッ!』
『俺、ちょっと行って告白(コク)ってくるわ! 何十人も爆死してっけど、悔いはねぇ!』

 飽きていた。
 (あき)れてもいた。
 だが、その全ては真実だし、自分の行動の結果だった。親が望んで、代々の先祖がそうしてきたから、何の疑問も持たずに切磋琢磨(せっさたくま)してきたのである。
 そして今は、その反動で黄金の毛皮に埋もれていた。
 万事、常に良家のお嬢様を演じる中で、自然とリベルタの素顔は仮面(ペルソナ)(まと)ったのだ。

『ぐあー、癒される……金鹿(きんじか)の毛皮からしか得られない栄養分があるわあ!』

 リベルタは今、帝国随一の書庫である金鹿図書館を訪れていた。
 そこには、館内を気ままにうろつく黄金の牡鹿(おじか)がいる。幼少期から何故か、リベルタはこの金鹿を追いまわしては抱き着き、撫でまわしては吸っている。
 鹿吸いは、リベルタのストレス解消の一番の手段だった。

『あら、リベルタ。また来てますの? 新刊が入ってますけども、読みまして?』

 そんなリベルタにいつも構ってくれるのが、優しい叔母(おば)だった。
 とても不思議な叔母で、

『あ、 () () () () () 。う、やばっ! とと、ごきげんよう』
『はい、ごきげんよう。なんだか大変ですのね』
『そうなのー、昨日なんか勝手にアタシを景品に決闘大会とかあってさ』

 そう、リベルタは魔女おば様と呼んでいた。
 敬愛と尊敬の念を込めて。
 この魔女おば様は父の姉なのだが、とても不思議な人物である。古来より、名門グリントハイム家の人間は男も女も必ず帝国騎士の任を帯びてきた。リベルタの生活も、この慣習に(なら)ったものである。
 だが、例外が一人だけいた。
 それが、魔女おば様である。

『アタシぁもう、疲れたヨ……魔女おば様みたいに、ここの司書になりてぇ』
『あらあら、まあまあ。でも、ここの仕事は厳しい激務でしてよ?』
『それでもいい。本を読んで、好きに絵を描いて、マターリ気ままに暮らしてぇ……』
『ふふ、確かにそれは楽しいのでしょうけど、駄目よ』

 クイと指で眼鏡(めがね)のブリッジを押し上げ、魔女おば様は笑う。
 この人はいつもリベルタの愚痴(ぐち)を聞いてくれたし、沢山の書物で知識と感動を与えてくれた。リベルタが絵描きを真似て絵草紙作家(まんがか)じみたことをしてるのも、全て魔女おば様の影響だった。
 その魔女おば様は、身を屈めてしゃがみ込むと、金鹿に抱き着くリベルタの目線で語り掛けてきた。


『やりたいことも見つからないのに、やりたくないことから逃げるだけの選択は駄目ですわ。そういうのは、歳を取って大人になると……後悔ばかり残りますもの』
『そーゆーもんかなあ。うーん、でもなあ』
『少なくとも、最初はやりたいこと探すくらいからになさいな』
『具体的には? 騎士学校にいると、なんだか毎日慌ただしいしさー、メッチャ肩が凝るし』
『あなた、外面(そとづら)が良すぎて誰にでも良家の御息女(ごそくじょ)をやってるんですもの。そうね――』

 ――冒険者。
 それは、リベルタにとって物語の中の存在だった。
 憧れて、恋焦がれて、そして別世界の御伽話(フェアリーテイル)……夢と浪漫(ロマン)に溢れた冒険者たちの物語には、小さな頃から魅了されっぱなしだった。
 そういう本を沢山読んでくれたのも、魔女おば様だった。
 その本人が、甘やかな誘惑を(ささや)いて立ち上がる。

『学校なんて休学して、冒険者でもやってみなさいな。きっと新しい発見がありましてよ?』
『う、うん……じゃ、じゃあ、魔女おば様からお父様に』
『だーめ。自分で言って話を通しなさい。冒険者になると決めたら、その日その時その瞬間からが、今からが冒険の日々なんですもの』

 こうしてリベルタは、家族の大反対を押し切って帝国を飛び出した。
 それがもう、半年以上前の話である。
 やがて、懐かしき日々がセピア色に遠ざかった。
 それでリベルタは、追憶を離れて現実の今に覚醒する。
 目が覚めたら、包帯姿で宿の自室に寝ていた。

「あ、あれ……アタシ、確か迷宮で、ってえ! イチチ……死ぬ、死ぬる……クソ痛ぁい」

 身を起こした瞬間、脇腹に激痛が走った。
 どうやら負傷して手当てされたあとらしい。
 そして、すぐに目に入ってくる二人の人物が爆睡していた。
 ジルベルトとまひろだ。
 二人はベッドの左右に陣取って、リベルタが目覚めるのを待っていたようだった。そして、疲労で力尽きて睡魔に白旗をあげたようである。
 そこまではわかるのだが、突然の声にもう一人の存在にリベルタは驚いた。

「おはようございます、リベルタ。具合はどうでしょうか」
「ありゃ? ユーティス……って、何故(なぜ)にー!? オホホ、ごきげんようですわ」
「ああ、気遣いは無用です。その珍妙な社交儀礼はどうかおやめください」
「……ハイ」

 何故か、ジルベルトの傍らにユーティスがいた。
 嫌悪からくる驚きではなかったし、ユーティスが普通の成人男性ではないことも知っている。

「んで? なにしてんの、アンタ」
「はい。手を、繋いでいました」
「手?」

 よく見れば、ユーティスは……ベッドに突っ伏し眠るジルベルトの手を握っている。
 そのおかげか、ジルベルトはすやすやと安らかな寝息を立てていた。

「彼女から、ジルから学びました。人はどうやら、こうして手を繋いでいると心の負荷が和らぐようです。原理は不明ですが、この客観的な結果は無視できません」
「お、おう」
「ジルは、泣いていました。ケルヌンノスを撃破したものの、こちらも被害甚大でした。先程まで起きてたんですが、どうやら疲労困憊(ひろうこんぱい)のようで……どうしました? リベルタ」

 鼻の奥に熱いものを感じた瞬間、リベルタは鼻血を吹き上げながらベッドに倒れた。
 (とうと)い、エモい、いとエモ死。
 意識が急激に遠のいてゆく。
 でも、確信した。
 はっきりと今、わかった。
 リベルタは、退屈な毎日からも、古い家のしがらみからも解放されている。やりたいことはまだ、わからないし、暗中模索(あんちゅうもさく)だ。それでも、手を伸ばしてみた結果が今で、そこに奇妙な手ごたえを感じている。
 嫌な日常を忘れるほどに、リベルタは今この瞬間を自由気ままに思うままに生きているのだった。

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