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 また、新たな迷宮の探索が始まった。
 群島同士を繋ぐと思われる、その名は『真南ノ霊堂(マミナミノレイドウ)』……どうやらレムリアには、東西南北四つの霊堂が存在し、それぞれの島々を繋いでいると思われている。
 ネカネは仲間たちと進む中で、マイカたちからの情報を思い出していた。

「ん、これかも。まひろ、ちょっと登ってみて」
「はいです!」
「どう?」
「壁の上に道が続いてるです! 奥に進めそうなのです!」

 それは、極めて複雑な立体的ダンジョンだった。
 普段は壁でしかない入り組んだ道の、その上にもう一つの通路がある。登れそうな(つた)を見つけて上に上がると、今まで壁だった場所が第二の回廊となっているのだ。
 地図は今、リベルタが自前の色鉛筆でなんとかやりくりしてくれている。
 リーダーのジルベルトも、ペース配分を考慮しながら皆を先導していた。
 ドロテアがいてくれるので、初めての探索でも伐採や採集ははかどっている。

「じゃあ、進も。細い道だから、落ちないように気をつけて」

 ネカネも周囲を警戒しながら、素早く蔦を掴んで駆け上がる。危険がないことを確認してから、下のジルベルトやリベルタ、ドロテアに上がってくるよう合図した。
 その間もまひろは、にっこにこの笑顔で先に進もうとする。

「ちょっと待って、まひろ。どうどう、ステイ。一人で進むと危ないよ」
「は、はいですっ!」
「ぐわーっ、鎧が、砲剣(ほうけん)が重い……しーぬー」
「ドロテア、手を。気をつけて、結構滑るみたい」
「ありがとうございますっ、ジル」
「あっ、あっ、アッー! はい死んだ! あおげば尊死(とうとし)

 少女たちの冒険は続く。
 リベルタは鼻血を手の甲で拭いつつ、地図に上の階層を記して色分けしていた。そのあとから、王子様とお姫様みたいなキラキラオーラで、ジルベルトとドロテアが登ってくる。
 周囲に魔物の気配はないが、(すで)にネカネは尖った敵意を察していた。

「この奥……いるね。マイカ先生たちが言ってた、(おおかみ)の魔物かもしれない」

 ネカネの冒険者としての直感が、素早く危険を察知した。
 肌がひりつくように震えて、空気に微かに獣臭が入り混じる。
 先を歩くまひろが全く気にしてないのは、彼女に危機感がないからか、それとも生まれ持った英雄としてのなにかが意図的に蛮勇(ばんゆう)を強いているかだろう。
 だが、確かにこの先に強敵が待ち受けている、それだけははっきりしていた。
 やがて、それが目視で見えてくる。
 降りる蔦から続く部屋の奥に、巨大な獣が鎮座していた。

「あっ、魔物です! みんな、気をつけるのです。ここはわたしが」
「はいはい、ストップ。ちょっと待ってね、まひろ」
「た、戦わないですか? ……はっ! そうでした、無用な戦いは避けるのでした」
「そゆこと」

 それは、頭に角の生えた巨大な狼だった。
 以前のスノードリフトや、その周囲にはべっていた個体よりも大きい。
 一箇所から移動する気配はないし、ネカネが試しに降りてみても襲ってはこない。向かってこられても、再度上へ逃げるだけの距離も確保できているし、今はまだ安全だ。
 ゆっくり観察し、その動向を見守る。
 どうやら狼の魔物は、一箇所にとどまりグルグルとその場を回っていた。

「なるほど、東西南北をぐるりと監視してる感じだね。ジル、ちょっと見てて」
「大丈夫? リベルタ、地図をお願い。私も降りてみる」
「まひろも行くです!」


 念の為、全滅を避けるべくリベルタとドロテアを残して、降りてみる。
 開けたフロアは広く、どうやらまだ魔物の視界には入らないみたいだ。慎重に距離を詰めれば、ぐるりと周囲を見渡す獣と目が合う。
 その瞬間、身の毛もよだつ咆哮(マほうこう)が響き渡った。
 狼の魔物は、全速力でこちらへと突進してきたのだ。

「っと、戻るよ。ええと、扉はあそこね……さて、どうしよう」
「やっつけるですか?」
「いや、ちょっとあれは……まひろ、ネカネも。一度上へ!」

 三人は武器を構える間も惜しんで走った。
 再び壁を這い上って、壁の上に戻る。
 それは、真下でドシン! と魔物の巨体が壁を揺らすのと同時だった。
 視界に冒険者が見えなくなると、小さく唸りながらその姿は元の場所に戻ってゆく。
 とりあえずは大体の道筋と、この先の扉とがわかった。
 それを伝えれば、リベルタが地図を書き足しつつ呟く。

「でー、どしよっか? ネカネママ、アタシちょっと思ったんだけど」

 リベルタの提案は、大雑把(おおざっぱ)に言うとこうだ。
 例の魔物は定位置で、右回りに全方位を見張っている。
 その視界に入ると、猛スピードで突っ込んでくる。接触すれば戦闘は不可避で、敵の力は未知数だ。無理に進もうとして命を落とした冒険者の話も、既に皆が耳にしていた。
 つまり、視界に入らなければ、襲われない。
 だから、右回りで四方を睨むその視線を追うように、右側へと迂回して常に背を取るように歩けば通り抜けられる……リベルタの言うことはもっともで安全性も高い。
 だが、彼女の地図を覗き込んで、ネカネはもう一つの可能性に目を光らせた。

「常に魔物の背を追うように、右回りに迂回……すると、リベルタ。最後の直線で捕まるよ? 扉はここだから、多分まひろの全速ダッシュでも間に合わない」
「あー、確かに。アタシも……わたくしももう、クソ重い装備で走りたくはありませんわ、オホホホ」
「そゆこと。因みにそのキャラ、まだ押し通すんだ?」
「いやー、最近地が出まくってるからさ。いつどこでイケメンに遭遇してもいいように、準備しとくのが乙女のたしなみってやつだぜー」

 黙っていれば、それだけで可憐な帝国騎士なんだけどね、とは思うがネカネが口には出さない。そして、地図の一点を指差し別の可能性を示唆する。

「ここに柱があるよ。この影に隠れれば、魔物の視界に入ることなく扉側に歩ける。つまり」
「あえて逆に、左回り」
「うん。ちょっと行ってみるね」
「あ、待ってネカネ。行くなら全員で。万が一戦闘になった場合も一応、考えておこう」

 ジルベルトの懸命な判断で、パーティ五人は同時に降りて歩き出す。
 監視するような獣の視線を避けつつ、駆け足で柱の影に移動し、背をこすりつけて息を呑む。魔物は相変わらずグルグルその場で回りながら全周囲ににらみを効かせていた。
 ネカネの予想通り、遮蔽物を使えばその視界に入ることはなさそうだ。
 そう思って扉に向かい始めた、その時だった。

「ターヴュランス、ストラトスフィアも! こっちだよ、そこからなら走れば間に合う!」

 少年の声に、咄嗟(とっさ)に五人は走り出した。
 背後で遠吠えが聞こえたが、確かに難なく扉に到達、危険な獣の(おり)を飛び出す。
 声の主は、レオだった。

「まあ、レオ様! ……またお一人ですの? 迷宮の独り歩きは危険ですわ」

 リベルタという少女、すぐこれだ。
 貞淑な淑女に早変わりした彼女に、ネカネもジルベルトもフラットは無表情になってしまう。まひろとドロテアは、ただただ顔を合わせて瞬きを繰り返すだけだった。

「君たちが迷宮にいると聞いて、急いで先に来たんだ。最近は仲間を募って冒険してるよ。……ただ、ちょっと今日はメンバーを集めてる時間がなくて」
「あらあら、わたくしたちのために? 嬉しいですわ、レオ様。でも」
「わかってる、ちょっと焦りすぎたかな……オレはここで一度戻るよ」

 レオは少し先までの情報を二、三提供してくれて、すぐにアリアドネの糸で戻ってゆく。どうやら以前の鬱屈(うっくつ)とした雰囲気は和らぎ、今では仲間たちを信用するようになったらしい。
 なにより、そのきっかけとなったネカネたちを心配し、ここまで先に来てくれていたのだ。その姿が消えるなり「おっしゃ、進もうぜー!」と被った猫を脱ぐリベルタに、一同は苦笑しつつ先へと歩み出すのだった。

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