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 シリカからの依頼は、リベルタにとっては渡りに船の出来事だった。
 だから、内容も詳しく聞かずに二つ返事でクエストを引き受け、たまたま一緒だったジルベルトたちを連れてすぐに出かけた。
 お財布(さいふ)が今月、ピンチなのである。
 画材は意外とお金のかかるものなのだった。
 そういう訳で、リベルタたちは極彩色(ごくさいしょく)の皮を求めて小迷宮『未踏の水源地(ミトウノスイゲンチ)』を訪れていた。

「ちょ、ちょっと、リベルタ? 大丈夫? 少し休もうか」

 リーダーのジルベルトが優しい声をかけてくれる。隣ではユーティスも小さく頷いていた。今日はこのコンビと、もう二人。

「では早速お茶にいたしましょう。ええ、ええ、ティーセットはメイドの(たしな)みですので」
「ちょ、ちょっとセレマン!? ……今、どこから出したの。そのテーブルはどこから」
「さ、お坊ちゃまも。熱々のマフィンもご用意できていますので」
「いや、あー、うん。小さい頃から慣れっこだけど、まあ、うん」

 アルサスとセレマンの主従コンビも一緒だった。
 そして突然、優雅なお茶会がダンジョンのド真ん中で始まってしまう。
 正直ありがたいと思うリベルタだったが、このトンチキメイドに突っ込みたくてついうずうずしてしまう。しかし、アルサスの無言の視線が無駄だと諭してくれた。
 先程からドライブの連発で、リベルタが疲弊(ひへいく)してるのも確かだった。

「あー、ちかりた……なんだよもー、あいつら消えるし見えないし」
「危険な魔物が徘徊(はいかい)してるね。はいリベルタ、タオルも水もあるよ」
「あーりーがーてーぇい! くわー、生き返るわあ。嗚呼(ああ)、お茶もおいひい……」

 この迷宮自体は、特に危険なダンジョンではない。
 先に訪れていたドロテアたちの話では、採集や伐採、採掘と非常に資源豊かな小迷宮とのことだった。
 だが、ここには厄介な魔物が跳梁(ちょうりょう)していることも事実だ。
 奴らはシノビの(ごとく)く気配を消し、姿さえ消してそこらをうろついている。幸い、決められた縄張りを行き来するだけで、飛び出してこないことだけが幸いだった。

「それにしてもー、消えるのなしだよなー。しかも、アタシがドライブ撃つ瞬間に消えるじゃん」
「リベルタの装備が重いため、どうしても我々の中では行動順が最後になってしまうからかと思われます。せめて鎧を軽装化するか、砲剣のサイズをワンランク下げてはどうでしょう」
「ユーティスさあ、うん、まあ……あんがと。わかってるんだけど、それはちょっとね」

 首から下をくまなく覆う重金属の鎧は、帝国騎士の誇りだ。加えて、砲剣による放熱から騎士自身を守る意味もあるため、インペリアルには必需品なのである。
 そして、今使ってる砲剣は先日ドロテアたちの素材収集のおかげで新調した業物(わざもの)だ。
 騎士によって使う砲剣は様々だが、リベルタは標準よりやや大きく重いものをいつも選んできた。理由は「攻撃は最大の防御」であり、叔母が使っているものと同じサイズである。そしてなにより、なんだか格好いいからだった。

「んでもさー、同じ重鎧だけどアルサスとか早いじゃん。ジルだって盾と剣を持ってるのにさあ」
「あ、僕は基本的に号令をかけるだけなので。戦闘はずっと、皆さんに頼りっぱなしですよ。本当に助かってます」
「と、お坊ちゃまは申しておりますが、ええ、ええ、わたくしは承知しております。ではお聴きください、どうかご清聴の程を。Episode.01(エピスォード・ワァン)、あれはお坊ちゃまが9歳の時――」

 なんだかセレマンは、いかにアルサスが剣術の練習をこなしてきたかを流暢(りゅうちょう)に語り始めた。真面目に耳を傾け頷くのはユーティスだけで、やれやれとリベルタも二杯目の茶にレモンを多めに入れる。

「さて、も少ししたら進もうか。カロリー補給もバッチリ……って、ありゃ?」

 ふと見れば、小皿にジルベルトが取り分けてくれたマフィンがない。
 横からつまみ食いをするような人間はこの場にはいないし、セレマンはなんだか演説がオペラみたいになってきているし、アルサスはひたすら恐縮して真っ赤に(うつむ)いていた。
 妙だ。
 食べた訳ではない。
 なのにマフィンは消えた。
 そう思った、まさにその時……リベルタの前で異変が起こった。

「リベルタ、よかったら私のマフィンも食べる? って、あれ? 私のマフィン」
「みんなっ、気を付けて! そばに敵がいる! 今、なんか舌が伸びてきた!」

 椅子を蹴るなり身を投げ出し、転げて立ち上がりながらリベルタは砲剣を構える。
 その時にはもう、気配が逃げる先へとユーティスが投刃(とうじん)を放っていた。
 だが、そこに敵の影はなく、鋭い刃が虚しく空を切る。
 すぐにジルベルトとアルサスが剣を抜き、セレマンはがっかりそうにティーセットをしまう。

「ここからお坊ちゃまの大冒険が、というところでしたが……接敵を確認。戦闘モードに移行します」
「……あ、あのね、セレマン。あの日の話はそういうスケールのものじゃなくて」
「続きは宿に戻ってから、また皆様とゆっくりと。では、参ります!」


 ぼんやりと空気が滲んで歪み、極彩色の魔物がゆらりと姿を現す。
 あれこそシリカが言ってた素材の持ち主、極彩を()べる者に違いない。目に痛々しい極彩色の影は、踊るように再び消えた。その残像を、踏み込んだセレマンの剣が一閃する。
 すぐにジルベルトが皆に声をかけて脚を使いだした。

「ユーティス、麻痺毒で動きを止められる? 私が思うに、奴が消えていられる時間は限界があるんじゃないかな。定期的に姿を現すサイクルがあるように思うんだ」
「的確な洞察力です、ジル。麻痺毒、いけます」
「アルサスは援護を、セレマンさんは遊撃! リベルタは、悪いけどまた」
「任しとけってー! ズドンと一発トドメの一撃、お見舞いするよん!」

 戦端(せんたん)は突然開かれた。
 リベルタは両手で砲剣を構えて、周囲に視線を配る。
 視界の端を毒々しいカラーリングの蜥蜴が走った。そして、間髪入れずユーティスの投刃が、続いてユーティス自身の斬撃が殺到する。
 だが、間一髪で敵は再び消えて逃げた。
 そこにいるという気配こそあるものの、全く見えない。

「あークソッ! いるよねー、普段はのほほんとしてるくせに、突然パッと態度変える奴! むぎー、いらつくっ!」

 とりあえず、リベルタは位置取りを気にしながら敵の気配を追う。
 そんな背中に視線が痛くて、何故(なぜ)他の四人がフラットな顔で、チベットスナギツネみたいな顔で自分を見ているのかが気になった。

「あ、あれ? アタシ、変なこと言った? って、お下品でしたわね、オホホホホ」
「そういうとこだってば、リベルタ……あ! そうだ、ユーティス、セレマンさんも」

 なにかを閃いたらしく、ジルベルトが二人のナイトシーカーに耳打ちする。
 それで、姉弟のように瓜二(うりふた)つな二人は、同時に左右へ散開した。それは、カメレオンのような敵が姿を現すのと同時。そう、リベルタは幼少期に金鹿図書館(きんじかとしょかん)の図録で見たことがある。あれはまるでそう、カメレオンという名の動物にそっくりな魔物だ。
 その敵、極彩を統べる者が現れては消え、そして現れた瞬間だった。
 完全に敵のリズムを把握したユーティスが、ナイフで相手の脚を止めた上で……直接手に持った投刃を叩きつけた。逆方向に網を張っていたセレマンも、すぐに戻って来る。

「……毒が通りました。敵の昏倒(こんとう)を確認」
「対象は睡眠状態になったようですね。消えていても、すぐそこに寝ています」

 リベルタは友人の機転に改めて驚いた。時に堅実かつ大胆、どんな危険にも素早く対応する柔軟性をも持ち合わせている。帝国騎士だったら間違いなく、騎士学校戦術科の首席もかくやという明晰(めいせきく)っぷりだ。

「今です、リベルタさんっ!」
「おうっ! そーこーをー動くなぁ! おんどりゃあああああああっ!」

 アルサスの号令と共に、渾身のアサルトドライブが炸裂。迷宮を支配していた大物が討伐された。
 だが、シリカに注文の品を譲った一行を待っていたのは……クワシルの酒場でのセレマンによるアルサス冒険記Episode.02(エピスォード・トゥ)なのだった。

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