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 冒険者たちの『真南ノ霊堂(マミナミノレイドウ)』探索は続く。
 ジルベルトたちから地図を引き継いだカラブローネは、さらなる迷宮の深淵へと向かっていた。自然と魔物たちも強力な個体が出現し、特定の縄張りを徘徊する強敵も複雑化してゆく。
 すぐそこに散らばる、無数の死。
 どこかで誰かが見たことのある、世界樹の迷宮の模倣(もほう)ではない。
 だが、なにもかもが初めてのダンジョンでもベテランたちは頼もしい。

「それでね、女の部屋を出たらばったり出くわしたんだよね」
「ああ、二度目だったよな。お互い」
「そう、出てきた扉は以前とは逆だったけど」
「その後、どっちの女がよかったかで盛り上がってしまったな」

 前を歩くザッシュとエイダードには、全く気負いが感じられない。
 それでいて緊張感が程よく満ちて、警戒心は万全に機能していた。
 これが、一流の冒険者なんだよなあ、とカラブローネは内心で(うなず)く。無駄に緊迫感を張り巡らさないし、いつ何時なにがあっても即応体制は万全だ。
 それはそれとして、会話の内容に関してはカラブローネは無視を決め込むことにした。
 一方で、背後を歩くヴァインはゲラゲラと笑っている。

「なんだお前ら、滅茶苦茶に事故案件じゃねえかよ」
「ん? ああ。私はそういうの気にしないけど」
「花街じゃ、(まれ)によくあることだしな」


 カラブローネも含め、未知の回廊を歩く中での空気が柔らかい。
 隣を歩くライトニングなど、まるでピクニック気分でにこやかだ。
 常在戦場(じょうざいせんじょう)の雰囲気はそのままに、五人の調査は順調に進んでゆく。
 そして、ようやく次のフロアへの下り階段を見つけた、その時だった。真っ先に同業者を見つけたライトニングが、(つた)を登らずその先を見据える。

「んー、熱源が2。冒険者ですねえ。ちょっと僕が見てきましょう」

 ひょいとライトニングが壁を飛び越える。
 重武装の機械の騎士は、その見た目に反して軽快な動きだ。
 そして、すぐに聞き覚えのある声が響く。

「あっ! ニングさん! お疲れ様デス!」
「あんたたちも迷宮の調査か。だが、この先はやめた方がいい」

 よっこらしょ、とカラブローネも壁を超えると、その先には一組の少年少女がいた。以前からジルベルトやまひろたちとの交流がある、カリスとロブだ。
 以前はぎくしゃくしていた二人も、今は互いの空気が驚くほどに穏やかだ。
 だが、その口から発せられた警告にカラブローネはぴくりと片眉を跳ね上げる。

「ええと、ロブ君だったねえ? なーにがあんのかな、この奥に」
「わからない。ただ、オレたちが見たのは……怪獣だ」
「怪獣? 魔物じゃなくて?」
「魔物だなんてレベルのイキモノじゃない。あれはそう、いうなれば怪獣だったさ」

 ロブの隣でカリスも、うんうんと大きく頷く。
 どうやら、誇張された表現ではないらしい。絵草紙(まんが)や物語に出てくる、怪獣クラスの巨大な魔物がこの先に居座っているらしい。
 それを突破しなければ、次の島には行けないとのことだった。

「オレたちは一度、探索司令部に戻る。行こうぜ、カリス」
「はいデス! 皆さんも気をつけてください。ホントにホントに、怪獣だったデス!」

 その時だった。
 階段の奥から、耳をつんざくような咆哮が響き渡る。
 びりびりと迷宮全体が揺れて、咄嗟(とっさ)にエイダードやザッシュ、ヴァインが武器を構えた。ライトニングは静かに耳をすますようにして、全身のセンサーをフル稼働させている。
 おぞましい雄叫びは、たった数秒で現実の全てを叩きつけて来た。
 ロブとカリスの言う通り、どうやら本当に怪獣がいるらしい。
 ベルセルケルやケルヌンノスといった強敵たちを(ほふ)ってきた冒険者でも、先程の絶叫を前に動けないでいる。恐怖に竦んでいるのではない……皆、一瞬で相手の危険度を察したのだ。
 カラブローネの直感も、危険を訴えかけてくる。

「さて、どうしたもんかねえ? どーするよ」

 仲間たちに問うが、答はもう決まっている、
 ロブとカリスもまた、互いに身を寄せ震えていた。そんな中で一番冷静だったのはライトニングだ。

「先程の声量、目標までの距離、反響の方向性から見て……かなりの大物がいますね」
「まさしく、怪獣的な?」
「できれば肉眼で目視して確認したいのですが、危険です」

 腕組みエイダードも頷く。ハイランダーの危機察知能力もまた、現状での調査続行を危険と判断したのだ。無論、ザッシュやヴァインもライトニングの言葉に同意する。

「情報は欲しいですが、リスクが大きそうですね。私としては、割に合わないかなあ」
「やるからには準備が必要だし、あとあれだなあ……探索司令部で報酬を確約してもらわにゃ」

 情報屋はリスクに敏感だし、傭兵はタダ働きはゴメンだという。
 どちらももっともな話で、カラブローネとしても博打(ばくち)は避けたかった。現状、この先に進めば他のギルドに先んじて最新の情報が手に入るだろう。
 だが、それは命がけの蛮勇(ばんゆう)でもある。
 先程からカラブローネは、肌が粟立(あわだ)つ感覚に寒気を感じていた。
 こういう時は、直感と経験に従う方が得策である。

「よし、ここは退こうかねえ。ニング君、地図はどぉかなー?」
「このフロアは全て歩き尽くしましたね」
「んじゃま、地図の報告がてら探索司令部に顔を出しますかねえ」

 皆の同意を得て、ここは迷わず撤退を選ぶ。
 冒険者にとって一番大切なこと、それは生還することだ。どんな秘宝も武勲も、生きて帰らなければ迷宮に朽ちて消える。常にダンジョンでは、時に冷徹なまでの非情さ、クレバーな即断即決が求められた。
 そういう意味では、今日のメンバーは皆が皆、冒険者の(ことわり)が身に染みたベテラン揃いである。

「ロブ君にカリスちゃん、だったねえ? ここは俺たちも引き返すことにするよぉ」
「それがいいデス!」
「……恐らく、大規模なミッションが発令されるだろうな」

 そう、例の怪獣……怪獣レベルの恐るべき魔物を討伐するミッションだ。
 その敵は、いかなる巨躯(きょく)か、どういう生物なのか。
 それとも、生命体を超える太古の文明の遺産なのか。
 それはまだわからない。
 ただ、まだ全てを知るには準備が足りない。

「んじゃま、帰るかねえ。ヴァイン、アリアドネの糸を出しとくれヨ」
「だとさ、ザッシュ。お前に預けたよな?」
「いや? エイダードが常備してるから宿の道具箱に入れといたけど」
「……糸は、いつも持ち歩いてる訳じゃない。今日はヴァインが持つと言った」
「おやおや! これはいけませんね! ……勿論、僕も携帯してませんねえ」

 前言撤回、カラブローネは大きなため息を一つ。なにが一流のベテラン冒険者だ、このぼんくらどもめ。などと思いつつ、確認を怠ったのは自分も同じだし、勿論(もちろん)カラブローネもアリアドネの糸を持ち合わせていなかった。
 結局両ギルドの冒険者は、ロブとカリスを頼って帰還することになるのだった。

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