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 マギニアは今、漫然とした不安の中でどうにか日常を保っている。
 モリビトたちとの間には休戦が成立し、冒険者たちの『枯レ森(カレモり)』の探索も牛歩の歩みながら進んでいた。ただただ、ペルセフォネ王女の行方だけが、用として知れない。
 そんな中でも、冒険者たちは迷宮を調査し、着実に歩みを進めている。
 今日もまた、ドロテアも迷宮で自分に任された仕事をこなそうとしていた。

「師匠たちの地図によれば、流砂(りゅうさ)にのって真っ直ぐ、真っ正面に採集ポイント」

 だが、そこは以前大人の仲間たちが進んで立ち往生、どうにか離脱し帰還したといういわくつきの場所に近い。
 それでも、ドロテアは自分の仕事に責任を感じていた。
 この迷宮から、一段と魔物が強さを増している。
 早く採集や伐採、発掘で新素材を潤沢に回収し、皆の装備を整えねばならない。

「んー、帰りは糸を使っても構わないのではないかや? 豊穣(ほうじょう)の」
「ただ、可能なら周囲の空白地帯も少し埋めたいね」
「でも、無理は禁物だよ」

 今日の仲間は、シェイレーヌにネカネ、アルサス。そして――

「お坊ちゃま方、まずはティータイムでもいかがでしょう。本日のお茶請(ちゃう)けはハニートーストの包み焼きパイでございます。お好みでチョコレートソースを」

 なぜかメイドがテーブルにティーカップを並べ始めている。アルサスのメイド、セレマンだ。どういう訳かカロリー過多な料理ばかり作ることで有名で、サクサクのパイに包まれたハニートーストの糖分を想像するとドロテアはめまいがした。

「セレマン、先に採集を進めてしまおうよ。戻ったら宿でまあ、その、お茶だけはもらうかな」
「かしこまりました、お坊ちゃま。では」

 サッとセレマンがメイド服を脱ぐと、ティーカップもテーブルもいずこかへ消える。そして、すぐにそこには二刀を構えた美貌(びぼう)のナイトシーカーが現れていた。
 相変わらずの無表情だが、黙っていれば凄い美人だなとドロテアも改めて関心する。
 そう、黙っていれば……だが、その言動はあきらかに珍妙、トンチキきわまりない。あの寡黙(かもく)なユーティスと種族的に同じというのが信じられないくらいだった。

「では、参りましょう。ここから真っ直ぐ。しかしメデューサツリーにお気をつけください」

 一同は警戒しつつ、セレマンを先頭に探索を開始した。
 すでに採集ポイントは地図に示されており、魔物との接敵もなるべく避けて流砂に身を任せる。
 すぐに景色が左右で流れて、殺伐とした灰色の世界にドロテアは目を奪われた。
 シェイレーヌもアルサスも目を丸くしていた。
 ネカネだけが几帳面に地図を睨んでいたが、心なしか今日は興奮気味である。

「そういえばここは、エトリアの世界に同じものがあるんだってね。ネカネはでも、初めて?」
「うん。家族からは聞いてたけど、本当に迷宮の中に砂漠があるなんて」
「ムフフ、(わらわ)はまたしても新たな冒険の旅へ……まるで砂の大河を滑るようぞ」
「そ、そうですか。それで……そのポーズはなにか関係が」

 シェイレーヌはまるで、海の波濤を滑るかのような謎のポーズで進んでゆく。
 アルサスやネカネが真顔になる中でも、彼女の優雅な姿は問答無用だった。

「フッフッフ、アーモロードを思い出すのう!」
「あ、採集ポイントが見えてきましたっ! 多分あそこです!」
「ならば急ぐぞよ、豊穣の!」
「はいっ! フフフ……ならばわたしも、優美に! 大胆にっ!」


 流砂の行き止まりに広がる、乾いた大地。そこへと華麗なステップでドロテアは一番乗りを決める。すぐにセレマンが来てくれて、周囲の空気に警戒心を尖らせた。
 そこかしこに枯れた巨木が立っていて、どれも不気味な沈黙で見下ろしてくる。
 乾いた風鳴(かれも)りを背に、ドロテアは慎重に大鎌を構えつつ採集ポイントへ向かった。

「ああっと! ……は、なさそうですね。ほっ」
「妾も手伝うぞよ。どれ、なにが取れるやら」

 身をかがめて大地に膝をつき、シェイレーヌと二人で採集を開始する。その間、ネカネが周囲の地図の空白地帯を少しずつ埋めていた。アルサスはセレマンと二人で、ドロテアたちの背を守ってくれる。
 そして、今日もファーマーとしての知識と経験をいかんなく発揮するドロテアだった。

「ふむふむ、これは枯れたツタとロサカニナ……豊作ですね」
「これはなにかや? うむ、妾に似合う花ぞ」
「シェ、シェイレーヌ! それは、停滞の花! 珍しい……初めての素材ですね」

 普段通りに採集して、再度丁寧に最初からまたそのポイントを調べる。これぞドロテアの十八番(オハコ)二毛作(にもうさく)である。一回目は見落としていた素材が、まだまだ採集できることは多い。
 こうした毎日の地道な採集や発掘、伐採が両ギルドの資金になっているのだった。

「よしっ! こんなとこかな……」
「ああ、ドロテアさん。僕が持ちますよ」
「だ、大丈夫です、アルサスさん。荷物持ちもファーマーの立派な仕事ですから!」
「でも、ここは僕に任せてください。かなりの量ですし、あとは糸で――」

 瞬間、不意にセレマンが剣を抜いた。
 同時に、戻ってきたネカネが矢を射る。その先で絶叫が響いて、燃えるような(あか)い獣が動かなくなった。
 確か、以前に図鑑で見た火炎ネズミとかいう魔物である。
 少し数が多いが、毛皮は重宝されると聞いていた。

「セレマン! 頼むっ! 僕は作業中の二人を守ろう」
「了解です、お坊ちゃま。それでは……少々掃除をしてから帰宅するとしましょう」

 二刀流に剣を構えて、セレマンの姿が視界から消える。とにかくドロテアは、アルサスの背に守られ物資を回収、急いでシェイレーヌと共に戦線に向かった。
 だが、プリンスの号令が響く中で圧倒的な殲滅劇(アニヒレート)が広がっていた。

「セレマン。右の二匹、いい?」
「いいですとも、ネカネお嬢様。では、失礼して」
「や、お嬢様ってのはちょっと……あ、そこだね」

 正確無比な矢が、次々と炎の獣を縫い留めてゆく。
 辛うじて逃れた数匹も、セレマンの投刃(とうじん)が切り裂いた。
 影のように剣が舞い、驟雨(しゅうう)の如く矢が飛び交う。
 ベテラン冒険者たちの手並みに、思わずドロテアは息を飲んだ。だが、荷物を背負って縮こまっている訳にもいかない。

「行こう、シェイレーヌッ! 魔物の力を少しでも削ぐっ!」
「じゃの! 今こそ禍神(まがつがみ)の加護を! ……む?」
「あ、そうでした。立ち位置、逆でしたね!」

 二人の少女が場所を入れ替え、左右に並んで必殺の決めポーズ。同時に、瘴気の暗い花が咲いてどんよりとした空気が(よど)んで濁った。
 ドロテアとシェイレーヌの援護で敵の力が鈍り、逃げ去る何匹かを残して素材となり果ててゆくのだった。

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