一つの戦いが、終わった。
それでようやく、人々は心の平穏を取り戻した。
決して取り戻せぬ犠牲を、その死を受け入れることもできたのだ。
トゥリフィリは都庁に帰還し、仲間達の出迎えに歓迎されていた。驚いたことに、
トゥリフィリは周囲が歓喜に沸く中、エントランスでネコから飲み物を受け取った。
「おつかれー! ま、アタシは心配してなかったけどね! ……けど、タケハヤが言うからさ」
祝勝ムードの中、ネコは置きっぱなしの資材の上に腰掛ける。
トゥリフィリもその横に並んで、二人で市民や自衛隊の笑顔を見守った。
「で、どう? 今回、ナガミツとキリコが一緒だったじゃん」
「う、うん。どう、って」
「にゃはは! それは、つーまーりー」
そっとネコがトゥリフィリの耳元で
その言葉が、突然トゥリフィリの
「なっ、ない! 全然ないし! そういうの、なかった、けど……だけど」
「けど? けど、なーに? ほら、ナガミツはそういう機能はないけど男の子だし、キリコは……おっかない家だよね。一人の人生、まんま性別ごとおっ被せちゃうんだもの」
「う、うん。でも……ぼくとはなにもなかったけど、二人はなんかあったみたい。打ち解けた、まではいかないけど」
ネコは意外そうに「ふーん」と目を丸くした。
彼女はその名の通り、表情がコロコロ変わる気分屋だ。トゥリフィリに仲間の二人とのアレコレを聞いてきたのに、予想外の答が返ってくるや話題を変える。
そんな彼女にトゥリフィリは、今は不思議と親しみを感じる。
トゥリフィリだって以前は、ちょっと護身術や銃火器の扱いを勉強した程度の、普通の女子高生だったのだ。今のネコのように、周囲には同世代の女の子がいて、普通になんでもない話をしていた。
渋谷にできた新しいアイスクリームのお店とか。
夏のバーゲンに誰といくかとか。
ちょっと隣の高校の男子達とカラオケはどうか、とかだ。
その日常は全て奪われ、全部は戻ってこないだろう。それでもトゥリフィリは、さらなる
「でさあ、フィー。……アンタさ、どう思う? タケハヤのこと」
「えっ? んー、えっと……よくわかんないんですけど。信用は、できる? かな?」
「わからないなりになんか思うじゃん? 格好いいなー、とか。イケメンだなー、とか。美形だよなー、とか」
「それ、だいたい全部同じ意味の言葉ですよね」
照れくさそうに笑って、ネコはおずおずと話の
「タケハヤさ……あのオンナに
「あの女……ああ、アイテルさん! じゃあ、もしかしてネコさんは」
「そ、アタシはタケハヤに惚れてる。でも、ネコはネコでも
素直にそう聞いたら、彼女は笑った。
「フィーが一番正直そうで、すれてないし
「それで、ぼく?」
「そだよ? まあ、期待通りだったけどさ」
それだけ言うと、彼女は不意にポンと床に飛び降りた。そして「んじゃね!」と行ってしまう。足早に去るネコを、遅れてスーツ姿の紳士が追いかけていった。
「
「あーウルサイ! そんなの知らないって! ついてこないで!」
まるで嵐のように、二人は都庁の奥へと消えた。
それを見送っていると、ふと視線を感じて首を巡らす。
そこには、緊急メンテナンスを終えたナガミツが立っていた。
「班長、お疲れ」
「ありがと、ナガミツちゃんもお疲れ様」
「その……
「……へ?」
相変わらずぶっきらぼうで、顔も表情に乏しい。
だが、以前の冷たさ、そして危うさが薄れている。
黙ってトゥリフィリは、ポンポンと隣を叩いて座るよう促す。
「……さっき、ガトウのおっさんに報告してきた」
「そっか。きっとさ、ガトウさんも笑ってるよ。
「そう、か? どうして」
「みんなを守れたから。そのために命をかけた人の頑張りを、無駄にしなかったから」
不思議と今日は、普段より素直だ。いつも備品と自分を位置づけ、二言目には班長、班長、班長……彼にとってトゥリフィリは、自分という兵器の管理者でしかないのだ。
この瞬間までは、それでも今はいいと思っていた。
現状そうだったから。
だが、全てが現状のままで続くなんて、ありえない。
「な、なあ……班長。頼みが、ある」
「ん? 珍しい! ナガミツちゃん、どしたの? 具合悪い?」
「不具合はなかった。消耗品等、各部の部品交換をしただけだ。キリの奴は……なんか、フレッサが付きっきりで看病してる。ま、大丈夫だろうさ……奴ぁ殺しても死なねえよ」
それだけ言うと、ナガミツはトゥリフィリに向き直った。
真っ直ぐ見下されて、何故か照れてしまう。
ナガミツは、意外なことを言い出した。
「なあ……俺も、エジーやシイナみたいに……その、フィー、って呼んでいいか?」
「……ほえ?」
「俺は、よくわかんねえんだけどよ。これからは、ただの備品じゃやっていけねえ……それだけじゃ、誰も守れねえってわかった。だから……俺はフィーの
「え、えと、その……いっ、いいよ! ……フィーって、呼んで。これ、命令じゃなくてお願い! いい?」
大きく頷き、ナガミツは
だが、心なしか綺麗な瞳が嬉しげに輝いている。
「俺は……ガトウのおっさんに教えられた、気がする。拳の使い方と、拳を握る意味……それを、誰かに伝えて、誰かと一緒に使いたい。そうしたら、おっさんの死だって無駄じゃないって思える。だから」
「だから?」
「フィー、お前を……
突然のことで、トゥリフィリは顔が熱くなった。
耳まで真っ赤になっていると感じるほどに、
ナガミツは返事をねだるような真似はせず、そのまま並んで座る資材の山から降りた。
「なんか、そんだけだ。そんだけ、言いたくなった。悪ぃな……でも、ありがとう。フィーと一緒に、俺は戦う」
「ナガミツちゃん……ぼ、ぼくは、別に……好きに、して、いい、けど」
「好き……好きに……いいのか?」
「お、おう。い、いっ、いいよ。好きに、して、欲しい」
その時、トゥリフィリは見た。
見間違えかと思ったが、確かに目撃したのだ。
ナガミツはもう一度「サンキュ、な」と言って……不器用に笑ったのだ。それは、
だが、彼は初めての笑顔を、普段から