緊急の招集で、突然終わった休息のひととき。
胸に広がる不安だけが、今のトゥリフィリに動悸の苦しみをもたらしているのだろうか? 恐らく、答は
今もこうして廊下を走る隣の彼は、トゥリフィリに突然過ぎる言葉をくれたのだった。
「もぉ、困るよ……ありがとう、だなんて」
「ん? どうした、フィー。急ごうぜ。……呼び止めちまって、悪かったな」
先程、ナガミツは改めてトゥリフィリに礼を告げてきた。ありがとう、その言葉がこんなに特別に感じるとは思わなくて、そんな自分にトゥリフィリは驚いてしまった。
彼は、言い
――俺が戦う理由でいてくれて、ありがとう。
そう言って、スリーピーホロウとの戦いを振り返って語る。彼もまた、夢を見ていたそうだ。そしてそれは、
そして、その甘やかに侵食してくる夢を、振り払ったのだ。
「ま、まあ……悪い気はしない、かな? ねえ、ナガミツちゃん」
「あ? なんだよ、ニヤニヤして気持ち悪いぞ」
「えっ、そ、そう? ぼく、にやけてる!?」
「人間の笑い方でいえば、にやけてる気がするぜ」
これはいけないと、改めて
変に意識してはいけないと思いつつ、トゥリフィリは緊張感を取り戻した。
ゲストルームには、今度は自分で予約を入れよう。改めてナガミツと、仲間達とで
トゥリフィリはナガミツを
振り向く誰もが、青い顔に視線を
危機的状況、そして凶報だということがすぐに知れた。
キリノの声は、普段にも増して自信なさげで震えている。
「ああ、フィー……その、モニターを見てくれ。そしてできれば、嘘だと言って欲しい」
キリノ達の前に、ドローンで各地をモニターする巨大画面がある。その一つがズームされて、整然と並ぶ液晶パネルが一つのスクリーンになった。
そこには、変貌した東京タワーが映っている。
その足元には、無数の死体が転がっていた。
駐車場は血の海で、その中に一人で立つ背中。
思わずトゥリフィリは、届かぬ声と知っても名を叫んだ。
「アオイちゃん! こ、これは……リアルタイムの画像? だよね? ――ッ!?」
恐らく、なにものかと激しく戦ったのだろう。
そして、彼女が見上げる先に、敵意と害意の固まりが浮いていた。
その顔を見て、再度驚きにトゥリフィリは息を
今度はナガミツが、ギリリと拳を握って
「あれは……ナツメ総長、か。だが、あの姿は……もう、人間じゃない」
そこには、竜へと
その顔は、突如として都庁から姿を消した、あのナツメそのものだった。全身をおぞましい
彼女は真っ赤な舌でチロリと
『随分と歯向かってくれたわ……アオイ、覚悟はいいかしら?』
『覚悟ならとっくに! 私、負けない……負けてなんかやらない!』
『相変わらず威勢だけはいいのね? 今なら見逃してあげる……都庁へ逃げ帰りなさいな。
『逃げない……私は、退かない! ……先輩、あと、お願いですっ!』
ちらりとアオイは、肩越しに振り返る。
こちらへ映像を届けるドローンを見つけるや、弱々しく微笑んだ。
そして、再度張り詰めた顔で地を蹴る。
彼女もまた、ムラクモ機関が誇る
アオイが変貌したナツメへとジャンプする。
そして、あっという間に映像は血に染まった。
「くっ、姿を消したと思ったナツメ総長……しかし、あの姿はどういうことだ!?」
「そんなことより、キジトラッ! 私達で助けに行かないと!」
「落ち着け、キリ坊。……もう、走っても間に合わん」
「そんな!」
キリコの焦りに答えるキジトラは、普段の覇気が嘘のように言葉少なげだ。
そして、トゥリフィリは見た。キジトラもまた、硬く結んだ拳を震わせている。その手に爪が食い込む痛みさえ忘れて、彼は悔しさを握り締めていた。
空中でアオイは、何度もナツメの攻撃に
まるで小動物を
僅か数十秒の惨劇で、どさりとアオイが地面に落ちる。
見下ろすナツメの
『アハハハッ! 恥ずかしい女! 恥ずかしい、本当に恥ずかしい! はらわたが丸出し、丸見えだわ。……さて、見てるんでしょう? キリノ、そして……トゥリフィリ』
ドローンの前へと、ふわりとナツメが宙を滑る。
オペレーターのミロクに指示して、キリノはマイクを準備させた。そして、こちらの声をドローンを通じてナツメへ送る。
「ナツメさん! どうして、ですか……なにが? いや、なにかが……なにか、理由があるんですよね。ナツメさんはいつも、先の先、その先までも読む人だから」
『あら……私が
ムラクモ機関の長として振る舞っていたナツメは、冷徹な判断力を持つ才媛だった。背負った責任が、時として冷酷な決断を選ばせる……だが、その本質は悪ではないと、トゥリフィリは信じていた。
だが、モニターの向こうには……文字通り、悪魔と化したナツメが浮いている。
『
「そっ、それは!」
――ドラゴンクロニクル。
初めて耳にする単語に、背後から声が飛ぶ。
誰もが振り返る先に、意外な男が立っていた。
「ドラゴンクロニクル……帝竜検体から生み出される、竜を持って竜を滅するモノ。ま、人類の切り札って言われてるがよぉ? そいつを持ち出したな、クソババァ!」
そこには、
彼の怒りの視線を吸い込み、ナツメは鼻を鳴らす。
『あら、まだ生きてたの? モルモットの成れの果て……でも、
ドローンの映像が乱れてゆく。
ナツメから発する力が、東京タワー周辺の空間を揺るがしているかのようだ。
「私は、人竜ミヅチ! 人を超越し、竜をも
その声と共に、映像は途絶えた。
人竜ミヅチ……それが、ナツメという女性の暗黒面が形作った姿。醜悪にして美しい、人ならざる竜の化身なのだった。