それは、人智を超えた戦いだった。
なんとか援護を試みようとするが、タケハヤを助けることができない。
それほどまでに、人を捨て人を超えた者たちの力は強大だった。
「それでも、ぼくにもできることがある
そう、タケハヤは苦悶と激痛を噛み殺しながら戦っていた。
目の前のミズチもそうだが、より強大な敵が彼には存在する……それは恐らく、ドラゴンクロニクルを身に招いた代償、人間には耐え難い苦痛。
今、タケハヤもまた、ミズチと同じく竜の力で戦っている。
人を捨てたミズチとは違い、人のまま竜の全てを飲み込んだのだ。
その泣き叫ぶような絶叫が、虚空の空に響き渡る。
「ナツメエエエエエエッ! 手前ぇは、ここでっ! 俺が、倒すっ!」
「廃棄物の分際でっ、私の行く手を阻むとは!」
「そうだ、手前ぇはそうやってなんでも捨ててきた、だがな!」
「クッ、押されている? 馬鹿な! 人竜ミズチだぞ、私は!」
押しているのは、タケハヤに見える。
だが、息も絶え絶えだ。
力を使うほどに、人間としてのタケハヤは
それでも彼は、戦いをやめない。
そして、圧倒的な気迫、
トゥリフィリはせめて回復をと思い、手持ちの薬品類をポーチから取り出し叫ぶ。
「タケハヤさんっ! 身がもたないよ、一度下がって!」
「黙ってな、これくらいは俺に任せろや……フィー! 俺は、俺たちはあ! 捨てられたものさえ拾ってきた! そうやって、なにも
「で、でもっ……タケハヤさんは自分のことだって」
「そういうのはいいのさ、そういうのは。さあ、このまま押し込むぜっ!」
ナツメの非道な実験の果てに、捨てられた子供たちがいた。タケハヤもその一人だ。彼は、同じ境遇の者たちを集めて守り、皆で力を合わせて生きる術を探し続けたのだ。
それが、渋谷に拠点を置くチーム、
そして今、彼は自分を捨てることで拾った全てを守るつもりだ。
悲壮なまでの決意と覚悟が、ミズチを怯ませる。
「馬鹿な……なんて馬鹿な男なの! 愚かだわ!」
「馬鹿で結構だ!
タケハヤが手にした槍が、
彼は身を
音の速さを超え、空気の層を突き破って刃が
狙い
「やった、の?」
「ああ……手応えはあったぜ、フィー。グッ! クソ、身体が」
「タケハヤさんっ!」
空中で
次の瞬間には、まるで糸の切れた人形のように落下する。
慌ててトゥリフィリは、展望台の屋根に落ちたタケハヤに駆け寄った。
それを
「待ってて、タケハヤさん。今、薬を」
「へへ、ざまぁねえな。だが、やったぜ……これでナツメのふざけた世界征服ごっこも終わりだ。あとは……俺だけだな」
「タケハヤさん? それって」
「フィー、頼めるか? 俺が、俺であるうちに……お前の手で、俺を――」
竜をもって竜を制す。
それこそが、ドラゴンクロニクル……そして、その力を得た者もまた、竜へと変貌してしまうのだ。タケハヤの強靭な精神力がなければ、すでに第二のミズチとなっていたであろう。
そんな彼が、最後に自分の始末を望んだ。
だが、
「いやだっ! それに、駄目っ!」
「おいおい、フィー……」
「タケハヤさんは、あの人竜ミズチに勝った! だから、自分の中の竜にだって勝てる! 辛いのはわかってるから、ぼくも一緒に戦う。希望だけは捨てないで!」
「は、はは……
不意にタケハヤが、大量の黒い血を吐いた。
トゥリフィリの眼の前で、なにかが彼を刺し貫いている……それは、先程超新星のような爆発が起こった空から伸びていた。
そして、晴れゆく煙の中から悪意が姿を現す。
「クソッ、クソォ! 人竜の鳴り損ないがあ! クソオオオッ! 痛い、痛いいいいっ!」
トゥリフィリは言葉を失った。
ミズチはまだ、生きていた。
あれだけの攻撃を受けて、まだ生きている。
まさしく、ドラゴンの生命力に身を委ねた者の力だ。
急いでトゥリフィリは、動けぬタケハヤを背に
「人竜ミズチッ! 今度はぼくが相手だ……もう、迷わない。タケハヤさんの気持ちを、無駄にはできないっ!」
「あらあら、トゥリフィリ……残念ね。もっと賢い子だと思っていたのに。……死になさい」
無数にうごめくミズチの尻尾が、その全てが鋭い刃となって殺到する。
二丁の拳銃を抜き放つや、トゥリフィリは敵意を撃ち落とした。
だが、数が違い過ぎた。
性格な早撃ちをかいくぐり、トゥリフィリに死が迫る。
それでも諦めずに
「あっ! ――タケハヤさんっ!」
トゥリフィリに迫った攻撃を全て、彼女を押しのけ盾になったタケハヤが浴びていた。全身を串刺しにされ、再び彼は苦しげに呻く。それでも、ミズチの尾を両手で掴むと、タケハヤは最後の力を振り絞るように叫ぶ。
「この女に、よぉ……手ぇ、出すなよ……ダチの連れなんだから、よ……」
「まだ動けるのか!
「なら、弱えままで……俺は、いい。弱えから、人間は、他の奴とつるめるんだぜ? なあ、ナツメ……手前ぇには、そういう人間はいるのかよ。心を許し会える、ダチがよ」
一瞬、ミズチの表情が陰った。そして、濡れた視線がトゥリフィリを
だが、次の瞬間……彼女は怒りの咆哮と共に尾を翻した。
あっという間にタケハヤは、外の空間へと放り出され、落下していった。
ただ見ているしかできなかったトゥリフィリは、
「……友達ですって? 私は、有用な人間としか組まない。そして今、全知全能の存在である私には、他者の助けは必要ないわ」
「――ば、ばっ……馬鹿っ! そんなの、強さじゃない! 一人でしかいられないなら、それが強さなら、ぼくだって弱いままでいい! そういう仲間と一緒なら、弱いままで強くなれるから!」
「矛盾してるわ、トゥリフィリ。さあ、もう終わりよ……
ミズチが、右手を振りかぶって引き絞る。鋭く伸びた爪が、星々の光に輝いていた。
だが、その一撃が放たれた時……トゥリフィリの前になにかが立ちはだかる。
フリルとレースが揺れて舞い、握られた拳がミズチの爪を弾き返したのだった。