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 それは、人智を超えた戦いだった。
 人竜(じんりゅう)ミズチとタケハヤの攻防は、トゥリフィリを置き去りに白熱してゆく。星の海を仰ぐ空は、ひりつく闘争の空気でにらいでいた。
 なんとか援護を試みようとするが、タケハヤを助けることができない。
 それほどまでに、人を捨て人を超えた者たちの力は強大だった。

「それでも、ぼくにもできることがある(はず)……タケハヤさんが、あんなに苦しんでるのに」

 そう、タケハヤは苦悶と激痛を噛み殺しながら戦っていた。
 目の前のミズチもそうだが、より強大な敵が彼には存在する……それは恐らく、ドラゴンクロニクルを身に招いた代償、人間には耐え難い苦痛。
 今、タケハヤもまた、ミズチと同じく竜の力で戦っている。
 人を捨てたミズチとは違い、人のまま竜の全てを飲み込んだのだ。
 その泣き叫ぶような絶叫が、虚空の空に響き渡る。

「ナツメエエエエエエッ! 手前ぇは、ここでっ! 俺が、倒すっ!」
「廃棄物の分際でっ、私の行く手を阻むとは!」
「そうだ、手前ぇはそうやってなんでも捨ててきた、だがな!」
「クッ、押されている? 馬鹿な! 人竜ミズチだぞ、私は!」

 押しているのは、タケハヤに見える。
 だが、息も絶え絶えだ。
 力を使うほどに、人間としてのタケハヤは(むしば)まれてゆく。内なる竜に食い破られる痛みに、無限に(さいな)まれているのだ。
 それでも彼は、戦いをやめない。
 そして、圧倒的な気迫、烈帛(れっぱく)の意思を前にミズチは顔色を失っていた。
 トゥリフィリはせめて回復をと思い、手持ちの薬品類をポーチから取り出し叫ぶ。

「タケハヤさんっ! 身がもたないよ、一度下がって!」
「黙ってな、これくらいは俺に任せろや……フィー! 俺は、俺たちはあ! 捨てられたものさえ拾ってきた! そうやって、なにも(こぼ)さねえよう戦ってきたんだ! ……だろ?」
「で、でもっ……タケハヤさんは自分のことだって」
「そういうのはいいのさ、そういうのは。さあ、このまま押し込むぜっ!」

 ナツメの非道な実験の果てに、捨てられた子供たちがいた。タケハヤもその一人だ。彼は、同じ境遇の者たちを集めて守り、皆で力を合わせて生きる術を探し続けたのだ。
 それが、渋谷に拠点を置くチーム、SKY(スカイ)である。
 そして今、彼は自分を捨てることで拾った全てを守るつもりだ。
 悲壮なまでの決意と覚悟が、ミズチを怯ませる。

「馬鹿な……なんて馬鹿な男なの! 愚かだわ!」
「馬鹿で結構だ! 小利口(こりこう)小狡(こずる)い、小賢(こざか)しい手前(てめ)ぇとは……小せえ手前ぇとは違うんだよ! 俺はなあ……俺はっ! SKYのっ、タケハヤ様だっ!」

 タケハヤが手にした槍が、(あお)い稲妻を(まと)う。
 彼は身を(よじ)って全身の筋肉をバネに、雷光の塊を投擲(とうてき)した。
 音の速さを超え、空気の層を突き破って刃が()ぶ。
 狙い(たが)わず、渾身の一撃はミズチを貫いた。激しい爆発で炎が舞い散り、爆煙が広がってゆく。断末魔の絶叫さえ許さない、神罰にも似た痛撃が炸裂した瞬間だった。

「やった、の?」
「ああ……手応えはあったぜ、フィー。グッ! クソ、身体が」
「タケハヤさんっ!」

 空中で羽撃(はばた)くタケハヤが、ぐらりと態勢を崩した。
 次の瞬間には、まるで糸の切れた人形のように落下する。
 慌ててトゥリフィリは、展望台の屋根に落ちたタケハヤに駆け寄った。
 それを(にら)む冷たい視線にも気付かずに。

「待ってて、タケハヤさん。今、薬を」
「へへ、ざまぁねえな。だが、やったぜ……これでナツメのふざけた世界征服ごっこも終わりだ。あとは……俺だけだな」
「タケハヤさん? それって」
「フィー、頼めるか? 俺が、俺であるうちに……お前の手で、俺を――」

 竜をもって竜を制す。
 それこそが、ドラゴンクロニクル……そして、その力を得た者もまた、竜へと変貌してしまうのだ。タケハヤの強靭な精神力がなければ、すでに第二のミズチとなっていたであろう。
 そんな彼が、最後に自分の始末を望んだ。
 だが、(うろこ)にまみれた彼の手を握って、トゥリフィリは叫ぶ。

「いやだっ! それに、駄目っ!」
「おいおい、フィー……」
「タケハヤさんは、あの人竜ミズチに勝った! だから、自分の中の竜にだって勝てる! 辛いのはわかってるから、ぼくも一緒に戦う。希望だけは捨てないで!」
「は、はは……(かな)わねえなあ。――ッ!?」

 不意にタケハヤが、大量の黒い血を吐いた。
 トゥリフィリの眼の前で、なにかが彼を刺し貫いている……それは、先程超新星のような爆発が起こった空から伸びていた。
 そして、晴れゆく煙の中から悪意が姿を現す。

「クソッ、クソォ! 人竜の鳴り損ないがあ! クソオオオッ! 痛い、痛いいいいっ!」

 トゥリフィリは言葉を失った。
 ミズチはまだ、生きていた。
 満身創痍(まんしんそうい)でボロボロだが、怒りに目を充血させて叫んでいる。彼女の肉体は徐々に再生が始まり、あっという間に火傷(やけど)も裂傷も消えていった。
 あれだけの攻撃を受けて、まだ生きている。
 まさしく、ドラゴンの生命力に身を委ねた者の力だ。
 急いでトゥリフィリは、動けぬタケハヤを背に(かば)う。

「人竜ミズチッ! 今度はぼくが相手だ……もう、迷わない。タケハヤさんの気持ちを、無駄にはできないっ!」
「あらあら、トゥリフィリ……残念ね。もっと賢い子だと思っていたのに。……死になさい」

 無数にうごめくミズチの尻尾が、その全てが鋭い刃となって殺到する。
 二丁の拳銃を抜き放つや、トゥリフィリは敵意を撃ち落とした。
 だが、数が違い過ぎた。
 性格な早撃ちをかいくぐり、トゥリフィリに死が迫る。
 それでも諦めずに銃爪(ひきがね)を引いていると、突然背後から突き飛ばされた。

「あっ! ――タケハヤさんっ!」

 トゥリフィリに迫った攻撃を全て、彼女を押しのけ盾になったタケハヤが浴びていた。全身を串刺しにされ、再び彼は苦しげに呻く。それでも、ミズチの尾を両手で掴むと、タケハヤは最後の力を振り絞るように叫ぶ。

「この女に、よぉ……手ぇ、出すなよ……ダチの連れなんだから、よ……」
「まだ動けるのか! 何故(なぜ)だ……もはや呼吸するだけでも辛かろう! 人間である自分を捨てれぬから、弱さを抱え込むことになるのよ!」
「なら、弱えままで……俺は、いい。弱えから、人間は、他の奴とつるめるんだぜ? なあ、ナツメ……手前ぇには、そういう人間はいるのかよ。心を許し会える、ダチがよ」

 一瞬、ミズチの表情が陰った。そして、濡れた視線がトゥリフィリを()でる。
 だが、次の瞬間……彼女は怒りの咆哮と共に尾を翻した。
 あっという間にタケハヤは、外の空間へと放り出され、落下していった。
 ただ見ているしかできなかったトゥリフィリは、呆気(あっけ)にとられてしまう。そんな彼女の前に、雑多な感情をないまぜにした顔でミズチが舞い降りた。

「……友達ですって? 私は、有用な人間としか組まない。そして今、全知全能の存在である私には、他者の助けは必要ないわ」
「――ば、ばっ……馬鹿っ! そんなの、強さじゃない! 一人でしかいられないなら、それが強さなら、ぼくだって弱いままでいい! そういう仲間と一緒なら、弱いままで強くなれるから!」
「矛盾してるわ、トゥリフィリ。さあ、もう終わりよ……貴女(あなた)を殺して次は、一式と巫女様にトドメを刺さなくちゃ」

 ミズチが、右手を振りかぶって引き絞る。鋭く伸びた爪が、星々の光に輝いていた。
 だが、その一撃が放たれた時……トゥリフィリの前になにかが立ちはだかる。
 フリルとレースが揺れて舞い、握られた拳がミズチの爪を弾き返したのだった。

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