以前の
優秀な人間であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。全てにおいて
だが、今は違う。
決して交わらぬ道の向こう側で、トゥリフィリを見ていてくれたのだ。
だが、今は違う。
「この……下等生物がっ! 劣悪なる欠陥遺伝子の持ち主が、この私をッ!」
さして力を入れたようでもなく、道端の空き缶をどかすような仕草だ。
だが、力なく血に
「シイナッ! しっかりして、今すぐ手当を」
「無駄よ。もうすぐ死ぬわ。……いいじゃない、生きてなかったようなものですもの。生命体として不完全な上に、想定されたスペックも持たない欠陥品なんだから」
「そんなことない! 遺伝子や能力だけが、人間じゃないんだ!」
気付けばトゥリフィリは、冷たくなったシイナに覆いかぶさっていた。そのまま全身で
涙で
もう、かつてムラクモ機関の総長だった麗人の面影は、ない。
「あら、そうなの……だとしたら、人間は価値を計るに足らない存在ということかしら?」
「人間の価値は、その人それぞれが自分で決める! その人と関わる、みんなが高めてくれることだってある!」
「……自己の存在だけで完結せず、不確定要素で上下する価値……それはもう、意味ある生命とは言えないわ」
「ぼくたちは、評価されるために生きてる訳じゃないんだ」
どこまでも冷たくなってゆくシイナを、身を
そんなトゥリフィリの前で、ゆらりとミズチが手を広げた。燃え盛る炎が現れ、音を立てて燃え盛る。それを浴びせられれば、一瞬でトゥリフィリはシイナごと蒸発してしまうだろう。
銃を抜いている暇はない。
だが、自分だけなら避けられるかもしれない。
シイナを連れては、難しい。
そんな中で、選択肢に迷えど、トゥリフィリは未だに絶望に
人間は誰しも、真に絶望した時に敗北するのだ。
緊張感の中に、とぼけた声が走ったのはそんな時だった。
「さて、と……お待たせしちゃったかなあ? ……ナツメさん、あんた一つ忘れてるよ。大事なことを忘れてる」
獄炎の
その先には、カジカが立っていた。
彼は無数の光学キーボードを宙に浮かべ、忙しく働くノリトに目配せして一歩踏み出す。
カジカの目には、普段は絶対に見られない瞳の輝きが燃えていた。
それは、
「……カジカ、お前は……拾ってやった恩を、忘れて。この、私に」
「やだねえ、おお、やだやだ。そうやって、自分に劣る者を見下し、才能を持つ者を
「ッ! わ、私があの下等生物共と一緒だというのかっ!」
「一緒だなんて言ってないよん? ……それ以下だっつってんの。ねえ――」
――ねえ、少年。
その声と同時に、風が逆巻き
なにかが黒い
そして、懐かしい声が戻ってくる。
詰め
「……フィーに、手を出すんじゃねえよ。それと、これは」
「なっ……
「これは、なあ……シイナの、分だ! 取っとけクソ野郎ぉ!」
そう、ナガミツだ。
カジカとノリトの蘇生処置が成功したのだ。そう思った瞬間、トゥリフィリの全身から力が抜けそうになる。だが、彼女は
トゥリフィリが立つと同時に、ミズチは顔面に一撃をもらって吹き飛ぶ。
何度もバウンドしてフロアの端まで
「ナガミツちゃん! ありがとっ」
「おう。……やるぞ、フィー」
「うんっ! 勝負はまだまだこれから、だよねっ」
トゥリフィリも銃を抜き、ナガミツの援護に回る。
この絶望的な状況で、不思議と妙な安堵感があった。ナガミツの隣にいるときは、なんだかとても落ち着く。こんな時でさえ、自分の集中力が研ぎ澄まされてゆくのを感じるのだ。
不思議と思考がクリアになってゆく。
恐怖に萎縮していた全身に、熱い
いつものようにトゥリフィリは、ナガミツと互いを守り合うように身構えた。
その先で、立ち上がるミズチが怒りに声を震わせる。
「何故っ、何故なの! 一式、この欠陥品が! 人の手が造った
「お前が人をやめた竜だからだ」
「黙れッ! 黙れ、黙れ、黙れ!」
「それともう一つ。俺は……俺等は、ナマクラじゃねえ。なあ、そうだろ……キリ」
トゥリフィリは目を疑った。
そして、チン! という小さな金属音を耳で拾う。
気付けばミズチの背後に、少女の背中が立っていた。その腰の
またしてもミズチの声が、ヒステリックに叫ばれた。
「出来損ないの巫女が、この私に!
「……私の中の姉様が、
「あの女は死んだ! 無様に死んで、お前はその
ミズチが身を
だが、動く素振りも見せずに、キリコははっきりと言の葉を
「そう、姉様は死んだ。竜と戦って、死んだ。それでもこの身に、この魂に……竜を倒せと、今も生きて宿ってる!」
「それがどうしたっ! 死体は喋らない、死は無への回帰! お前もそこへ送ってやる!」
「――だから、もう斬った」
突然、ピタリとミズチの全身が硬直した。
同時に、無数の傷が一斉に浮かび上がり、鮮血の
声にならない悲鳴を叫んで、ミズチがぐらりとよろめいた。
その瞬間、トゥリフィリはナガミツと共に地を蹴る。
「ナガミツちゃん! 一気に
すぐにカジカとノリトから、全身の力を補佐するコードが撃ち込まれる。神経という名の回路を、外部から付与されたパルス信号が駆け巡った。
身体が軽くて、痛みも恐れも忘れてゆく。
手にした