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 復活の斬竜刀(ざんりゅうとう)は、ただただ雄々しく、凛として気高く。
 死の淵より甦ったナガミツとキリコが、トゥリフィリに勇気を吹き込んだ。それは胸の奥で、恐怖に凍えて(くすぶ)っていた魂へ点火する。
 再び燃え始めた闘志は、縮こまっていた少女の肉体を熱く躍動させた。
 そして、瞬時に傷を再生しながら人竜(じんりゅう)ミズチが()える

「人間ふぜいがっ! この私に! 傷を!」

 怒りに燃えるミズチの髪が逆立つ。
 まさに、怒髪天(どはつてん)()くとはこのことだ。
 だが、(すで)にもう激怒も激昂(げきこう)も超えた声が走る。
 それは、拳を引き絞るナガミツの咆哮(ほうこう)だった。

「ごちゃごちゃとウルセェ! その人間に手前(てめ)ぇは負けるんだよ! いや、もう負けてんだ!」
「この私がか! 全知全能の力を得た、人竜ミズチがか!」
「今、気付かせてやるっ! 手前ぇはもう、終わりだ」
「人間ですらない、一式、貴様が! その口が言うか!」

 ミズチは無数の尾を(むち)のように振るって、絶対の制空権を広げてゆく。触れる全てを両断する斬撃の中、ナガミツは最小限の動きで攻撃を弾き続けていた。
 そして、トゥリフィリには見える。
 自分が狙い撃つべき、真っ直ぐな弾道の先が見えている。
 それは、常にナガミツと共に歩み、彼の隣で駆けてきた彼女だけの道だ。

「ナガミツちゃんっ! 頭、チョイ下げっ!」
「おうよ!」

 無軌道に触れる全てを力で跳ね返し、迫る敵意を無手の技でさばく。ナガミツの動きは、とても先程まで大破し沈黙していた者のそれではなかった。
 その背中がトゥリフィリには、普段よりも大きく見える。
 だから、今は信じて銃爪(ひきがね)を引いた。
 ギリギリでナガミツの直ぐ側を通って、放たれた(つぶて)がミズチにヒットした。ナガミツがこじ開けた道を今、トゥリフィリの意思が押し通る。

「また当てたっ! 血が! 私の血、竜の血が!」
「ナツメさん、ううん、人竜ミズチッ! もう終わらせなきゃ……こんなことっ、終わらせなきゃ!」

 無数の氷柱(つらら)が空気中に現れ、散弾をぶちまけたように降り注ぐ。
 だが、トゥリフィリへの直撃コースにナガミツが立ち塞がった。
 彼の繰り出す拳や手刀、そして蹴りが星空に細雪(ささめゆき)を散らしてゆく。

「機械仕掛けの木偶人形(でくにんぎょう)が! 偽りの斬竜刀がぁ!」
「黙れよ。それは全部、俺が……俺たちが決めることだ」
「抜かせ……燃え尽きろ! 灰となって詫び散るがいい!」
「それと、な……斬竜刀は一振りじゃ、一人じゃねえ」

 巨大な爆炎が、まるで蛇のようにうねって逆巻く。その一撃が真っ逆さまに、もたげた鎌首を落としてきた。
 だが、(ひらめ)く斬撃の軌跡が、燃え(たぎ)る炎を両断する。
 あまりに鋭く疾い抜刀術は、真空の刃で酸素を遮断してしまったのだ。
 そして、鍔鳴(つばな)りが次の居合を解き放つ。
 キリコは僅かな隙にミズチに肉薄し、ドン! と足元を踏み締め身を沈めた。ひび割れ砕ける地面から、パラパラと細かな砂塵が宙に舞う。

「そうだ、私は一人じゃない。この躰も、この技も……皆で繋いだ(きずな)の力だ!」

 全身の筋肉をバネに、キリコが地を蹴った。
 縮地(しゅくち)の極意が、トゥリフィリの反応速度を超えて音に消える。
 同時に、一気呵成(いっきかせい)に払い抜けたキリコは、すれ違いざまに無数の太刀筋を刻み込む。わずか一呼吸の瞬間に、鋭利過ぎる傷は出血さえ忘れた。
 そして、キリコの納刀と同時に、真っ赤な鮮血の大樹が天を衝く。

「あああっ、があ! そ、そんな……この私が、馬鹿な……万能の力、摂理の頂点を極めたこの人竜ミズチが!」

 よろりとミズチが態勢を崩す。
 その瞬間をトゥリフィリは見逃さなかった。
 極限まで研ぎ澄まされた集中力が、彼女の世界をスローモーションの中へ(いざな)う。色さえ失せてゆくモノクロームの視界に、ゆっくりとミズチが両手を構えるのが見えた。
 人間の反射速度を超越した、思考を挟まぬ動きに意思が宿る。
 迷わずトゥリフィリは、爪が剥き出しになった手を左右同時に撃ち抜いた。
 響く絶叫は既に、人の言葉を(かたど)っていない。
 そして、キリコとナガミツが同時に天へと()ぶ。

「おいキリ、なんだよ絆の力って……恥ずかしいだろうが」
「うっ、うるさい! それよりナガミツ、決めろっ! ……長くは、持たない」
「キリ? お前、まさか」
「いいから! 今は、いいから……トドメは任せた、ナガミツ……お願い」

 急降下で真っ直ぐ、ナガミツが鋭角的な蹴りで風を切る。
 渦巻く気流を纏った、それはまさに斬竜刀……振り下ろされた刃は今、唸りをあげてミズチの胸を穿(うが)った。
 巨大なクレーターとなった足場が、ガラガラと崩壊を始める。
 その只中へとキリコの剣が(ひるがえ)った。あまりの高速移動に、輪郭の滲む分身が十重二十重(とえはたえ)にミズチを囲んだ。
 そして、決着の時が訪れる。

「これでえええっ!」
「終わりだ」

 無数のキリコが、ただ一点へと殺到するように斬り込む。
 同時に、ナガミツはミズチの胸板を蹴り貫いた。
 一撃必殺の蹴りが貫通し、百花繚乱(百花繚乱)の斬撃が切り刻む。
 完全に動きを止めたミズチは、そのままボロボロと崩れ始めた。まるで咎人(とがびと)が塩の柱になるように、冷たい風へと舞い散ってゆく。

「なぜ、だ……人を超え、竜をも超えた……私、が」

 その問いにトゥリフィリは、はっきりと言の葉を(つむ)ぐ。

「人を超えるためには、人であることを捨てちゃ駄目なんだ。竜へと()した時、全てを超える前に、自分に負けてたんだと思う」
「トゥリ……フィ――」

 最後にミズチは、得心を得たように小さく唇の端を緩めた。それがトゥリフィリには、かつてムラクモ機関の総長だったものの、最後の残滓に見えた。
 そして、完全にミズチは崩壊し、星々の海へと吸い込まれて消えた。

「やった……ナガミツちゃんっ! キリちゃんも!」

 背後では、へたり込むノリトと、すぐにシイナを回収して治療するカジカの気配が感じられた。二人共、窮地の中で援護してくれた。ハッカーの補佐があったから、身体が動いた。
 そしてなにより、大小二振りの斬竜刀が勝利を切り開いた。
 安堵でトゥリフィリも、その場に崩れ落ちそうだった。
 だが……振り返るナガミツとキリコは、互いに目配せして緊張感を漲らせている。
 声が響いたのは、そんな時だった。

『クク、ク、クァハ……クァハ! クハハハハ!』

 笑い……否、(わら)い声だ。
 酷く下卑(げび)た、耳障りな哄笑(こうしょう)が言葉へと変わった。

『ワレへの供物(くもつ)()れ事にも似た余興……悪く、ない。悪くないぞ、人間! 滑稽(こっけい)、実に滑稽だ! クァハ! クァハ!』

 頭上の星空から、声が広がってゆく。
 不思議とトゥリフィリは、男とも女ともつかぬ声音に身震いが止まらないのだった。

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