決着……神を
トゥリフィリは、左右に断ち割られた
「あ……ナガミツちゃんっ!」
ようやく我に返って、トゥリフィリは傍らに立ち尽くすナガミツへ身を寄せる。
そして、彼自身が燃え尽きたように突っ立っている。
ようやくトゥリフィリを見下ろしたその目には、いつもの澄んだ光がなかった。
身を切るような熱さが、あっという間にトゥリフィリを包んだ。
激しい痛みの中で、どうにかナガミツをも巻き込む
「フィー? ……よせ、お前も燃えちまう」
「よさない! 駄目だよ、ナガミツちゃん!」
「いいんだ……俺は、竜を斬れたからな。これで……フィーたちは、生きてけるだろ」
「違う、違うよナガミツちゃん!」
燃え盛る炎が、勢いを増してゆく。
ナガミツはそっと、もう片方の手でトゥリフィリを引き剥がそうとしてきた。
だが、トゥリフィリは構わず踊る炎を必死で拭おうとする。
既に周囲は、空間ごと音を立ててひび割れ始めた。異世界にして異次元、神竜の領域が
「やだよ……ぼくは嫌だよ、ナガミツちゃん!」
「フィー、お前……」
「悪い竜を勇者が倒して、それで救われるだけのお姫様なんか、嫌だよ! ぼく、今はっきりわかった……ナガミツちゃんと一緒に帰れなきゃ、そんなの死んでないだけだよ!」
「それは……生きてるのと、どう、違うんだ?」
「それをこれから教えてあげる! そう言ってるの!」
その時だった。
突然、宿命の業火がゆらりと揺れた。それは、触れる全てを消滅させる力ではなくなっていた。トゥリフィリにも、見えないなにかが去るのが感じられた。
ゆっくりと静かに、蒼い
気付けばトゥリフィリは、フレーム剥き出しの
「火が……消えた? ナガミツちゃん!」
「ああ、左腕部にダメージ……だが、俺は、まだ、動ける。動いてるんだ」
あまりにも唐突だった。
ナガミツは、
無骨な、熱く灼けた合金製の骨格……そのフレームに身を寄せたまま、トゥリフィリはその場に崩れ落ちた。
見上げるナガミツが、
「う、ううっ……もぉ、ナガミツちゃん! 心配かけて! ぼく……ぼく、ちょっと怒ってるんだぞ! ……でも、よかった。よかったん、だよね? タケハヤさん」
確かにあの時、タケハヤの声が聴こえた。
ドラゴンクロニクルをその身に宿して、人ならざる竜の
ナガミツは、そんな彼女に手を差し出してくれる。
手に手を重ねて、なんとかトゥリフィリは立ち上がった。
ナガミツは、不思議そうに小さく呟きを零す。
「でも、
「うん……あっ! も、もしかして!」
「わかるのか? フィー」
「……ううん、わかるっていうか。感じる、っていうか」
どこまでも壊れてゆく玉座の間で、トゥリフィリはナガミツと見詰め合った。
そんな二人だけの時間が、不敵な声で再び動き出す。
「カカカッ!
「キジトラ……無事、なんだな。フン、ボロボロじゃねえか」
「貴様ほどではないわ、馬鹿者。……自分の左腕をよく見てみろ」
キジトラは
キジトラに言われるままに、ナガミツは自分の左腕に手を当てる。
そう、トゥリフィリの直感が教えてくれた。
そのことに、ナガミツもどうやら気付いたようだった。
左腕には、紫色のボロ布が結ばれていたのだった。
「これは……ガトウのおっさんの、バンダナ。そうか……おっさんが、守ってくれたのか」
「貴様が合理や論理ではなく、そう感じるならば……それが貴様の答えだ、ナガミツ」
「キジトラ、俺は」
「ええい、みなまで言うな! 脱出するぞ! 貴様は班長をしっかりエスコートしろ!」
「……わかった。でも、脱出路は」
自然とナガミツが、トゥリフィリの手を握ってきた。
だから、しっかりと握り返す。
振り返ればもう、昇ってきた階段も崩れ始めている。
無駄かもしれないが、無駄だと諦めるつもりはない。
三人は、最後の力を振り絞って走った。
そして、希望は最後に残されていた。
「あっ、フィーだー! おーいっ! トラにぃも、ミツにぃもー! こっちだよー!」
階段の下には、力尽きたアゼルを背負ったエリヤがいた。恐らく、多くのマモノや竜を
トゥリフィリたちが駆け寄ると、あどけない笑顔で彼女はニッコリと笑った。
「フレッサママがね、魔法で助けてくれるよ! こっちに出口、作ってくれたよ!」
「うん、急ごう!」
「いいなぁ、わたしにも魔法教えてくれないかなあ。エリヤも、魔女さんになれたらいいのに」
エリヤの話では、残りの13班のメンバーは既に、脱出したらしい。
ニアラと戦っている間、トゥリフィリたちはマモノや他の竜に邪魔されることはなかった。それは、他の仲間たちが見えないところで戦ってくれたからだ。
そして、今はもう帰ってこない人がいる。
決して戻らぬ命を、トゥリフィリは忘れない……たとえ人造の、
その人を記憶に刻んで、想いを一つに今後も生きなければいけないのだ。
だからこそ、いよいよ無へと消えゆく神竜の領域を走った。
「あれだ! フィー、あそこだけ空間が
「ナガミツちゃん、わかるの?」
「どのセンサーも不調だが、はっきりわかる……そう感じるんだ」
そのまま皆で、光の中へと飛び込んだ。
おぞましい歪みで彩られたこの場所で、仲間たちの元へ繋がる光だけが温かかった。それが仲間のフレッサの、魔法。魔女はいつでも、一番後ろで全てを見守ってくれてる。
全身が溶け消えるような眩しさの中で、トゥリフィリは確かに聴いた。
甲高い金切り声の連なりを広げて、神を騙る竜の玉座が消滅する。
その音さえも、遠く遠く違う次元へと吸い込まれてゆくような気がした。