トゥリフィリの背筋を、鋭い
まるで、背骨が引き抜かれてゆくような感覚だ。
その不快感に
『ほう、我に挑み来るか……家畜もニアラごときを倒したことで、随分と増長したものよな』
心胆を寒からしめる、声。
その主は、自らを真竜フォーマルハウトと名乗った。宇宙の摂理、その化身である。
だが、その全てを否定しなければいけない。
例えいかなる強敵でも、トゥリフィリたちは抗わなければいけない。
そう、本能と理性が同時に認めざるを得ない、絶対なる外敵、害悪……それが真竜。
「――よしっ、ナガミツちゃん! やるよっ!」
「おう」
目の前にあるナガミツの背中は、いつもと変わらぬ頼もしさを感じた。彼が守ってくれるから、トゥリフィリは自分の力を極限まで出し切ることができる。
限界を超えた先へさえ、ナガミツと一緒なら怖くない。
そして今、その信頼を力に変えて戦う時が来たのだ。
だが、ちらりと背後を振り返る。
そこには、
「ダ、ダメ……こら、そういうとこだぞアヤメ……戦わ、なきゃ……わたしも、たた、か」
「アヤメちゃん……」
アヤメは
無理もない……彼女にとって、これが初めて見る本物の竜なのだ。シミュレーションシステムを用いた訓練じゃない、これは実戦。そして、命のやり取りになる。
アヤメの歌と踊りがあれば、どんなに心強いだろうか。
彼女の力は、カリスマ性Sランク。その場の空気を支配し、人の心を高鳴らせる魅力が持ち味だ。それをアヤメは、駆け出しネットアイドルとして培った表現力で広げてくれる。リズムとビートが満ちれば、トゥリフィリやナガミツの戦いは無限にテンポアップするのだ。
だが、それも今は望めない。
そして、欲しては駄目だとトゥリフィリは自分に言い聞かせた。
「アヤメちゃん?」
「は、はいぃ! だ、大丈夫です! わ、わわっ、わたしは大丈夫……す、すぐに」
「うん、アヤメちゃんは大丈夫。それに、ぼくやナガミツちゃんだって。だからね」
一度アヤメに向き合い、トゥリフィリはフォーマルハウトに背を向けた。
完全に隙を見せたことで、自分へ向けられる殺意が渦を巻く。その見えない奔流を叩きつけられてなお、トゥリフィリは静かに微笑んだ。
そして、ナガミツの眼光が敵をねめつけ抑え込む。
「大丈夫だよ、アヤメちゃん。だから、無理しないでね」
「むっ、無理なんて……だ、だってわたし! わたしもっ!」
「そう、アヤメちゃんも13班の大事な仲間だよ? だから……ぼくが、守る。必ず」
「フィー……で、でも」
「ぼくに任せて。アヤメちゃんも今、必死で戦ってる。抵抗してる。なら、ぼくが守るよ」
すかさず、肩越しに振り向くナガミツが「俺たちが、だろ?」と不敵に笑う。
そう、いつだってトゥリフィリは守ってきた。戦えぬ者をこそ守るため、我が身を刃に変えて戦ってきた。仲間たちもみんなそうだ。
それをヒュプノスの民エメルは、狩る者と呼んだ。
悲しい
だが、トゥリフィリはそうは思わない。
自分はただの女子高生で、普通の人間だ。
ただ人間であるだけで、彼女には十分なのだ。
「やるよっ、ナガミツちゃん! 最初から全力全開、一気にいくっ!」
「上等! 見てな、アヤメ……お前を泣かす奴ぁ、俺がブッ潰す!」
ああいうのは多分、キジトラと触れ合ってきた中で覚えたのかもしれない。時々トゥリフィリには、ナガミツが年相応の男の子に見える。人型戦闘機でもなく、
そしてそれは、間違っていないと思う。
そうあっていい未来のために、今は明日を切り開く時だ。
「先手必勝っ――これでっ!」
足元を蹴り上げ、馳せるように
瞬発力を爆発させたトゥリフィリは、敢えてフォーマルハウトの眼前へと我が身を押し出した。攻撃は最大の防御であり、今は自ら守りを選択する局面ではない。
そして、意表を突くことで戦いのイニシアチブをもぎ取る必要があった。
『ほう? そんな
「お前たち真竜はね、それ! その
『弱さ、だと? この我に……小娘ェ!』
「怒りは、ぼくの言葉を裏付けるだけ……お前たちにだって、弱さがあるんだ!」
手にした二丁拳銃が、交互に銃声を歌う。
飛び道具を持つ後衛がまさか、一番前に突っ込んでくるとは思わない
容赦はしない、手加減なんてもってのほか。
この世で唯一、
そして、その時にはもう……さらに前にナガミツがいる。
『なっ……いつの間に!? この我に触れるか、家畜の分際でェ!』
「その
トゥリフィリのばらまいた弾丸が、見えないなにかに弾かれる。真竜ともなれば、その力は無意識に自分を守る障壁を巡らせているのだろう。そもそも、幽鬼の如く空中に揺れるあの姿が、フォーマルハウトの本体とは思えない。
ならば、引きずり出す。
そのためにトゥリフィリは突出したし、その時既にナガミツは肉薄していた。
「見えたぜ、フィー! おらっ、そこだぁ!」
ナガミツの格闘術は、針の穴をも通す精密さを持っている。力と技とが、厳しい戦いの中で多くの者たちに磨かれていった結果だ。その拳に、蹴りに……破れて散った全ての命が宿っているのだ。
鋭く
トゥリフィリの射撃が、敵の防御に特定の波長があることを浮かび上がらせていた。阿吽の呼吸でナガミツは、銃弾がより深く刺さって消えた場所を突き抜ける。
――かに、見えた。
『フ、フハ……フハハハハハ! 愚か! 狂おしいまでに愛しき、救いがたい愚かさだ!』
ナガミツの蹴りが深々と突き刺さり、致命打を与えたかに見えた。
だが、まるで侵食するようなおぞましい黒炎が彼を包む。全身の熱を振り払うようにして、ナガミツは悲鳴を噛み殺しながら着地して飛び退いた。
それを見て叫んだつもりが、トゥリフィリは声が出ない。
突然、自分の全身が思うように動かなくなっていた。
ただただ、黒く汚れた空がグルグルと視界の中で回っている。
見えぬ力がいとも
「フィーッ! クソがあ、
『愉快! 実に愉快! これぞ至高の愉悦よ……家畜の無様な姿、実に愛らしい!』
落ちる、
ぼやけて