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 地の底を()せる。
 ひんやりと冷たく、湿った空気の中を突き抜ける。
 闇の中でぼんやり光るのは、新種の(こけ)や宝石の原石だ。
 まるで、文明の世界を忘れたようなファンタジーな洞窟……その奥から、戦いの剣戟(けんげき)が聴こえてきていた。
 トゥリフィリは手早く銃のマガジンを交換しつつ、走る。

「おキクちゃんはナガミツちゃんの安全を最優先、お願いね!」
「了解デス!」
「ユキちゃんとフミちゃんは、ツーマンセル。互いをフォローし合って、絶対一人にならないこと!」
「なっ、ユキちゃん!? わ、わかった。けど」
「承知しました、トゥリフィリさん」

 敵は、近い。
 恐らく、そこに殺竜兵器はある。
 もう、セクト11との争奪戦は始まっているのだった。
 どうやら一歩遅れたが、遅過ぎはしない。
 まずは確保し、それからエメルたちと相談すればいいい。
 ただ、どうしても気になる……一年前のあの戦いで、どうしてナツメは殺竜兵器を使わなかったのか? あの激しい戦いの中、一人の男が竜へと()した。ナツメと同じく、竜の力をその身に招いて、それでも雄々しく気高く羽撃(はばた)いたのだ。
 その痛みと苦しみを、ほんの僅かでもトゥリフィリは分かち合ったつもりだ。

「どうして、あの時……タケハヤさんがああなる前に」

 殺竜兵器、その名の通り竜を殺す武器ならば……どうして、一番必要な時に日の目を見なかったのだろうか。もし、あの時トゥリフィリたち13班が手に入れていれば、未来は変わったかもしれない。
 だが、if(イフ)の世界を語る余裕が今はない。
 セクト11より先に、殺竜兵器を確保するしかなかった。
 そして、不意に視界が開かれる。
 天井が高い、大きな広間にトゥリフィリたちは飛び出た。
 その視線の先で、見知った顔が振り返る。

「チッ、13班……もう追いついてきたの? フン、やるじゃない」

 イズミだ。
 その手には、この場の光を集める鋭い刃が握られている。
 それは今、切っ先から真っ赤な鮮血を滴らせていた。

「イズミちゃんっ!」
「なに? うざいんだけど……ショー兄の言いつけがなかったら、瞬殺なのに」

 イズミはちらりとトゥリフィリを見て、それからガーベラを見下すように(すが)めた。背を反らし、不遜な表情で鼻を鳴らす。

「へえ、ガラクタ同士仲がいいじゃない。けど、殺竜兵器は渡さない」

 彼女とセクト11の構成員が、大小二つの人影を包囲している。
 二人とも目深くフードを被ったマント姿だ。
 そして、華奢(きゃしゃ)矮躯(わいく)が刀を手に片膝を突いている。
 どうやら、イズミと戦って負傷したようだった。
 彼女たちが、殺竜兵器の守り手なのだろうか?
 そう、二人は共に女性だ。
 その片方が、立ち上がろうとしてよろけながらも叫ぶ。

「マリアはわたさないんだからっ! アタシは約束した! ママと約束したのっ!」

 ややハスキーな、同年代の少女の声だった。
 そして、イズミは言葉ではなく剣で返事をする。
 ヒュン! と風が歌って、剣閃(けんせん)が烈風を巻き起こす。
 少女はあっという間に、真空の刃に切り刻まれた。
 思わずトゥリフィリは、マントを引き千切られた姿に絶句した。

「え、あ……耳? その耳っ!」

 (あらわ)になった少女の素顔には、頭に獣の耳があった。
 そう、アダヒメと同じ(きつね)のような耳が生えている。
 そして、獣のように唸る少女は剣を握って背後にもう一人の女性を(かば)った。

「ハァ、ハァ……敵の援軍? いいわ、かかってきなさいよ!」
「違うっての。こいつらは13班」
「13班? あの、13班なの……? そ、それなら、助かっ――」

 緊張の糸が切れたのか、少女は気を失ってその場に崩れ落ちる。
 トゥリフィリはすぐに駆け寄ろうとしたが、無数の銃口が彼女を大地に縫い付けた。
 そして、イズミは無造作に二人へ近付く。
 おそらく、長身の女性が殺竜兵器を持っているのだろう。
 そして、もう一人の少女は護衛……だが、妙だ。
 兵器というからには、大型の火砲や搭乗型のマシーンを想起する。そんな巨大なものを、この二人が持ち歩いていたようには思えない。

「もしかして、殺竜兵器の設計図かなにか、かな? ううん、それよりっ」

 トゥリフィリが視線で合図すると、ガーベラが一歩前に出る。

「イズミ! ワタシはともかく、ナガミツはガラクタのポンコツじゃありまセン!」
「はぁ? いや、ポンコツまでは言ってないんだけど。てか、それ以下ってこと?」
「違いマス! それを今っ、証明するのデス!」

 すぐにナガミツの「っしゃ、やっちまいな!」という声が響く。
 だが、トゥリフィリはそんな彼が、以心伝心でガーベラと既に通じ合ってることを察した。でなければ、こんな無茶を許す筈がない。
 そう、ガーベラは背のナガミツを。
 高々と両腕で頭上に掲げるや。
 全力で。
 最速で。
 ブン投げた!

「なっ……そんな捨て身の攻撃でっ!」
「上出来だ、ガーベラッ! うおおっ、その(つら)ぁ、蹴り飛ばしてやるっ!」

 だが、自ら弾丸となったナガミツの蹴りが空を切る。
 その時には、(すで)にトゥリフィリの二丁拳銃が火を吹いていた。
 突飛なガーベラの行動、無茶で無謀なナガミツの特攻に誰もが目を見開き、一瞬注意を奪われた。その隙に、次々とトゥリフィリはセクト11構成員のライフルを叩き落とす。
 そして、無様に地面に激突したナガミツは、気合で立ち上がった。
 狙いはイズミではなかった。  絶体絶命の二人の前に立って、背に守って保護することだったのだ。

「っし、こいよ! さっきの決着、つけてやるぜ」
「フン、なに言ってんの? 立ってるのもやっとじゃない」
「そうさ、正直身体が重くてしかたねえ。けどなあ! 弱い奴をなぶるような女に、俺は負けねえ」

 ひたすらに気持ち良い啖呵(たんか)だった。
 この場の仲間たちが思ってることを、ド直球でナガミツは言葉に乗せた。
 イズミは周囲を見渡し、わざとらしい大げさな溜息を零す。

「ま、いいわ。殺竜兵器はあんたたちに今は預けてあげる。……殺竜兵器の意味もしらないあんたたちなら、毒にも薬にもならないだろうしね」

 それだけ言うと、セクト11の面々は立ち去っていった。
 その背が闇に消えるまで、トゥリフィリは油断せず銃を構える。
 ナガミツは立ってるだけでも辛いだろうに、最後までファイテンィングポーズを崩さず闘志を燃やし続けているのだった。

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