地下シェルターに、重苦しい空気が訪れた。
誰もが皆、沈黙に耐えながら息を吸って、そして吐く。息苦しいのは、空調設備が限界だからでもないし、酸素が足りないからでもなかった。
そんな中でも、トゥリフィリは13班の班長として働いていた。
決死隊を送り出した時から、自分も最後まで務めを果たそうと誓ったのだ。
「ごめん、キジトラ先輩。少し遅くなっちゃった」
「いや、俺様こそ呼び出してスマン。……どうにも見ていられなくて、な」
珍しくキジトラが、困った顔で室内を
その部屋は、セクト11のイズミが使用してる個室である。
そして、半開きのドアの向こうで今、そのイズミが膝を抱えて泣いていた。その前に立つのは、あのガーベラである。
静かにトゥリフィリも様子を見つつ、胸が痛む。
イズミとガーベラの会話は今、静まり返った廊下に響いて聴こえた。
「イズミ、ワタシたちも行きまショウ!」
「うっさいわね! ほっといてよ!」
「ワタシも……人の隣に、立ちたい。イズミを隣で支えマス!」
「うるさいって言ってるの! ポンコツのガラクタがなに言ってんの? 右腕も取れてなくなっちゃったくせに」
「まだ、左手がありマス。それがなくなっても、ワタシは両足で立って歩けマス!」
ガーベラの言っていることは、13班の誰もがみんな思っていることである。他ならぬトゥリフィリ自身、こうしている瞬間も飛び出したくて仕方がないのだ。
格好つけて送り出してから、本当の気持ちに気付いた。
ずっと気付いていたけど、再確認させられたのだ。
ちゃんと恋してた、恋だったのだと。
そして、好きだから彼の想いに納得して、送り出したのだ。
トゥリフィリは、イズミのようには素直になれない。わがままにもなれない。いい子でしかいられなかった自分にだけ、大きな後悔を今更になって感じていた。
「いいからあっち行ってよ、ガーベラ!」
「……残念デス。では、ワタシ一人だけでも」
「はぁ? 頭イカレてんの? はっ、壊れてんだ! スクラップって訳!」
「違いマス。壊れるまで戦って、戦い抜く……ワタシは、そんなナガミツのような
流石にトゥリフィリが割って入ろうとした、その時だった。
そっと背後から手が伸びて、トゥリフィリの入室を制した。
振り向くと、そこには意外な人物が立っていた。
「……キリちゃん」
「私に任せて、トゥリ姉」
いつになく緊張感に張り詰めてても、キリコは無理にニコリと笑った。そして、軽くノックして返事も待たずに部屋へと入ってゆく。
「ごめんね、外にいたら聴こえちゃって。イズミ、少しいいかな」
「……なによ、巫女様まで。っていうか、壊れたマシーンに終わった巫女様って、最悪」
ベッドで膝を抱えるイズミの横に、そっとキリコは腰掛けた。
以前のキリコなら、すぐに怒って声を荒らげただろう。彼女は
ナガミツたちが人の創りし斬竜刀ならば、キリコは神の残した斬竜刀なのだ。
「イズミ、今すぐになんて言わないけど……ショウジのためにも、戦ってほしい」
「なによ、あんたまで……ショー兄はもう」
「生きてるよ? あの人は強い戦士、それはイズミが一番良く知ってる
「それでも! もう無理なの! ……あんなバケモノと大軍……ショー兄だって」
「ショウジは一人じゃない、そしてイズミもね」
だが、顔をあげたイズミの苛立ちが視線を尖らせる。
彼女の言葉は無遠慮にキリコを斬り裂いた。
「なにさ……資料で見たわ。あんただって、姉を殺されてる……伝説の凶祓いだって、竜と戦い続けたら死んじゃうんだ!」
「……そんなこと、ないよ。姉さんはまだ、ここに生きてる」
そっとキリコが、薄い胸に手を当てる。
そう、かつて彼だった彼女の中でまだ、先代の巫女は生きているのだ。その力だけをそのまま詰め込まれて、名も捨てて新たなキリコになったのが彼女である。
「もう、やだよ……なにさ、代用品の急造品で、おまけにその力も失って」
「でも、力だけが姉さんの全てじゃないんだ。だから、姉さんはまだここに生きている」
「……あんたの姉さん、強かった?」
「ショウジと同じくらいにね」
イズミは瞳を潤ませ、その瞼をゴシゴシと手の甲で拭った。
そして、ピョンと跳ねてベッドから飛び降りる。
その時にはもう、トゥリフィリの心配は全て払拭されていた。
「フン、
イズミはパンパン! と自分で頬を張ると、剣を手に出ていった。
道を譲ったトゥリフィリを一瞥して、鼻を鳴らして大股に去ってゆく。その声が廊下の奥に消えたところで「セクト11、総員集合! 出るよ!」といつもの頼もしい声が響き渡った。
そう、誰もが納得することに言い訳していた。
決死隊の意志を無駄にしないためにも……どこかでそう思い込んでいた。
だが、今この瞬間に本当に必要だったのは、少数精鋭ではない。
人類に逃げ場なし……ならば、総力戦は不可避だった。
「待ってくだサイ、イズミ! ワタシも行きマース!」
ガーベラが飛び出してきて、その背をキジトラが不意に呼び止める。
「待て、ガーベラ」
「トラ兄……な、なんデスカ?」
「お前の右腕は、工房の連中とキリノがなんとかするらしい。斬竜刀として存分に戦うがいい」
「でも、ワタシは」
「お前は
「そ、それは」
キジトラは真っ直ぐガーベラを見上げて、その肩をポンと叩く。
「お前の真っ直ぐを貫け、ガーベラ。お前はこの13班ではただのガーベラではない……
「トラ兄……」
「俺様も出る。もう、この空気には耐えられん。あのバカが格好付けすぎてるからな」
――菊一文字。
それは、
驚き固まるガーベラの顔が、一瞬で笑顔になった。
「ワタシは、斬竜刀……菊一文字!」
「そうだ、お前もまた斬竜刀……異国生まれのドラゴンスレイヤーだ。っと、来たかノリト。準備はよさそうだな」
気付けば、壁に腕組み寄りかかるノリトが謎にキメていた。
「フッ、ガーベラ。そして、フィー。私たちは好きにした、君たちも好きにしろ……私の好きな言葉です」
「……ノリト、貸した映画を見るのはいいが、流石にちょっと恥ずかしいぞ」
「えっ? 今、めっちゃ格好よくなかったですか? キジトラ先輩!」
「まあいい、行くぞ」
「ええ」
トゥリフィリももう、心は決まっていた。
そして、キリコもまた覚悟を決めたと知る。彼女がアダヒメを呼ぶのと同時に、トゥリフィリも準備のために部屋へと戻る。
もう、待たない。
人の隣に立って並ぶ、その人の隣に駆け出す時だった。