赤い花びらを、枯れ散らして
多くの仲間たちに支えられ、夢中でトゥリフィリは走った。
数多の竜とマモノが、
国会議事堂を飛び出した彼女を、異形の景色が待ち受けていた。
暗く濁った空の下に、巨大な竜が鎮座している。
その前に、エメルを守って拳を握る背中があった。
「ナガミツちゃんっ!」
少年の名を叫んだ。
その声を追い越す勢いで、駆け出す。
振り向く姿は
誰かの隣を歩くため、その日が訪れる可能性を守るために。
「……フィー? な、なんで」
「待ってて、今助けるっ!」
だが、周囲に無数のマモノが溢れかえっていた。
アスファルトが見えないほどに、フロワロが咲き誇っている。
あっという間に息が上がって、それでもトゥリフィリは走り続けた。並み居る敵を
しかし、進めば進むほどに敵意は膨れ上がった。
「なんでなんて、言わないでよっ! ナガミツちゃん!」
「だ、だってよ……お前は、俺が戦う、理由で」
「そう、だからなの! ぼくは、その価値が、意味がある自分でいたいから!」
背後から、仲間たちの援護射撃が届く。
大型のマモノが、次々と
だが、ツマグロやカグラの
それでも、わずかに怯んだその隙にトゥリフィリは走る。
あと少し。
もう少し。
その一歩が無限に遠いような錯覚。
一瞬が永遠に引き伸ばされるようだ。
「ナガミツちゃんっ! 君が誰かの隣を並んで歩むんだったら――!」
見上げる山のような巨体の、その影に入っても
そしてようやく、ナガミツの隣に立って背を合わせた。
驚きに絶句するエメルの安全を確認し、周囲の殺意を気迫で弾き返す。
「ぼくの隣を、歩いてほしいっ! 一緒に! ずっと! もっと!」
「フィー、お前……」
「あーもぉ恥ずかしい! さっさとやっつけちゃうよ、ナガミツちゃん!」
「……おうっ!」
だが、
巨大な敵意の塊は、絶叫とともに暴れまわる。
その足元を逃げ回りながらも、トゥリフィリには勝機が見えていた。
何故なら、あの言葉をエメルが叫んでくれるから。
「来てしまったか、フィー! ならば見せてみろ……お前たち『
「任せて、エメルさんっ!」
――竜、すなわちドラゴン。
宇宙の摂理の代行者、万物の頂点に君臨する絶対強者だ。
だが、その竜を数え切れぬほど、トゥリフィリたちは倒してきた。
ギリギリの戦いとはいえ、真竜と呼ばれる邪悪な神さえも退けたのだ。
だから、証明する。
「全ての竜を狩り尽くして……ぼくたちの未来を取り戻すんだ!」
13班の誰もが必死だった。
既に魔窟と化した国会議事堂を抜け出て、一人、また一人と広場に集まってくる。皆、無傷ではいられないし、血と汗とで濡れていた。
それでも、その決意と覚悟は挫けない。
逆境に次ぐ逆境の中で逆に、熱い血潮が燃え上がる。
少しずつだが、形勢は人類側に傾きかけていた。
そんな必死の抵抗を
『クハハハ、
「くっ、フォーマルハウト! 手前ぇ!」
「今は目の前に集中して、ナガミツちゃん!」
真竜フォーマルハウトが現れ、そのオーラが更に世界を黒く染めてゆく。
その力に感応するかのように、周囲のフロワロが黒く染まり始めた。黒いフロワロの猛毒は、
だが、もはやそれしきのことで怯む13班ではなかった。
それに、戦っているのは13班だけではない。
「ショー兄っ! どこ、ショー兄! 見ててね、どこかで……セクト11、13班を援護っ! 黒いフロワロの除去を最優先して!」
「
イズミとネコ、そして大勢の仲間たちが援護してくれる。
やはり、今日は総力戦……全てを賭けて挑むべき決戦の日なのだ。
この戦いに勝利しない限り、人類に未来はない。
それがわかるからこそ、トゥリフィリたちはいつにもまして苛烈に戦った。
『愚かな……家畜の哀れなその抵抗、あまりにも惨め! 見るに耐えん!』
言わせておけばいい、そう思ってトゥリフィリは全身を酷使する。
反論の思考を挟む余地などなく、余裕なんてこれっぽっちも存在しない。それはみんな同じで、既に会話もなく視線だけでの連携を可能にしていた。
限界ギリギリの戦いで、どこまでも動きが洗練されてゆく。
それに、とっておきの真打ちが皆を代表して叫ぶ。
いつだって
「黙るのデス、そして聞けっ!」
『ムゥ!? 人形風情が……この神にも等しい我に!』
「神様気取って悪行三昧、本物の神様が許したって! このワタシが……ワタシたち、斬竜刀が許さないデス!」
駆けつけたガーベラは、今度は左腕が破損していた。肘から先が脱落し、潤滑液が剥き出しのケーブルやフレームを濡らしている。
だが、逆の右腕には巨大な武器が装着されていた。
右腕そのものが、鈍く光る巨大な
キリノが開発中だった、試作型の切り札である。
『斬竜刀……もしや、殺竜兵器を!? このレベルの文明しか持たぬ地球人類が!?』
「ノー! 斬竜刀は人の牙……牙無き者たちのための、正義の刃なのデス!」
ガーベラが跳んだ。
高く高く、右腕を振りかぶって飛翔する。
その一撃は、フォーマルハウトの幻影を突き抜け、真っ直ぐに黒き竜の額を
瞬間、装填された炸薬が炸裂した。
しかも、三発同時に。
『ば、馬鹿な……ドラグサタナーだぞっ! このクラスの竜を……馬鹿なああああ!』
――ドラグサタナー。
黙示録の獣の如き魔竜の名らしい。
降り注ぐ血の雨の中で、トゥリフィリはその名を胸に刻みつけた。そして確信する……やはり、竜とは言えど生物、名を持った物理的な生き物なのだと。