ついに、大いなる魔竜は倒された。
断末魔の絶叫を血柱で彩り、ドラグサタナーの
同時に、トゥリフィリの前に一人の少年が舞い降りた。
着地してよろけたが、彼は膝を屈しない。
そのまま両の脚で地面を踏み締め、雄叫びを張り上げる。
「次は
ナガミツの
そして、
『ク、クク……クハハハハッ! ハッ! ハア! 戦ってやる、だと? 口の利き方も知らぬ家畜風情があ!』
すぐにトゥリフィリは駆け出した。
膝が笑って、力が入らない。
いつもの瞬発力が嘘のように、脚を動かしても前に進まない。
それでも、転がるようにしてナガミツの隣に立つ。
そして、さっきしてもらったように彼を支えて叫ぶ。
「ほくたちは、家畜なんかじゃない! それに、いつだって家畜たちに感謝を忘れたことはないよ……それが、命をゆずってもらって生きるってことだから!」
『抜かしおる……家畜にも等しい虫どもが、たかだか一匹の竜を倒した程度で!』
「そう、ぼくたちは一匹ずつ、少しずつ倒してゆく。みんなで歯を食いしばって、大地を踏み締めて生きていくんだ」
そんなトゥリフィリの隣に立つ影があった。
小柄なセーラー服の少女は、伸びに伸びて引きずる黒髪を風になびかせる。
そこにはもう、戦いを終えた穏やかな笑顔はなかった。
そして、
正真正銘、
「真竜フォーマルハウト……私が、私たちがお前を斬る。もう、誰も泣かなくていいようにする。みんなでっ!」
『
「もう、次の巫女が……戦いがいらない時代のために戦う。我が身を刃に変えて!」
キリコだけではない。
並み居る仲間たちが次々と、トゥリフィリたちの周囲を囲む。
皆、
ある者はライフルを杖に、またある者は仲間の肩を借りて。
そして、並び立てば不思議と気力だけは満ち満ちてゆく。
これっぽっちの余力もないのに、感覚の薄れた全身が熱くなる。
「クハハハハッ! 聴いたかノリト! 見たか! こいつ、戦ってやる、だと」
「いい
「そうだ、奴を倒さぬ限り未来はない。それが今ならば!」
「いいですとも! 最終楽章、今こそ奏でましょう!」
キジトラが、ノリトが、そして無数の仲間たちが声をあげる。
誰一人として、死んでなどいない。
死んではならぬと己を律して、あの激戦を生き抜いた者たちの魂が燃えていた。その熱は見えない炎となって、揺らめくフォーマルハウトを圧してゆく。
あの真竜が、宇宙の摂理を司る絶対強者が気圧されていた。
『馬鹿な……愚か、愚か、愚かな!
「わかる必要はありません。感じるままに、今……狩る者の使命を果たす時」
アダヒメも一緒だ。
彼女はそっと我が身でエメルを
いつになく気迫に満ちて、凍るように冴え冴えと美しいその横顔……暗い炎の燃える眼差しは、憎しみの権化たるエメルをも驚かせる殺意が漲っていた。
「真竜フォーマルハウト、貴方の負けです。尻尾を巻いてお逃げなさいな」
『ルシェの
「わたしたちには二振りの
『なっ……ま、まさか! 殺竜兵器!』
「そう、神をも滅する
ちらりとアダヒメが、トゥリフィリのことを見た。
僅か一秒にも満たぬ瞬間、二人の視線が一本に
なんだか怖いような、酷く悲しくせつないような。
酷く長い時間にも感じられた一瞬が通り過ぎる。
気付けば、隣のナガミツが手を握っててくれた。
そして、いよいよフォーマルハウトの激昂が
『許さぬぞ人間! 揃いも揃って家畜風情が! 我らを
しかし、笑い声は響く。
気付けば空は、抜けるように晴れ渡って蒼い。
蒼穹の空に今、高らかに笑い声が広がっていった。
その声はエメルだ。
いつもの不機嫌な
彼女は、心底愉快とばかりに表情を弾ませていた。
「貴様の負けだ、フォーマルハウト……こいつは面白い、愉快痛快だ。声を上げて笑うなどな。それも、二度も」
筆舌し難い侮辱を感じて、フォーマルハウトの影が光へと変わった。
刹那、激しい衝撃波が世界から色を奪う。
吹き荒れる波動が逆巻く中……小さな背中が前に出て振り返る。
「っ! エメルさんっ!」
それは、烈火の憎悪に燃える光ではなかった。
赤く、
温かくて、優しい光だった。
それが今、両手を広げたエメルの全身から広がっていた。フォーマルハウトの激怒の衝撃が、静かに弾けて溶け消える。
竜への憎悪と怨念だけで構成されたヒュプノス……エメル。
遥か遠い宇宙の民の、その残滓が絞り出した最後の光。
煮え滾る憎しみでもなく、怒りや嘆きでもない輝きだった。
「あ、ああ……ナガミツちゃんっ! エメルさんが!」
「くそっ、あのチビババア! おいっ! 俺がお前を守るっつったろ! これじゃ……これじゃあ、逆じゃねえかよ」
全てが通り過ぎて、フォーマルハウトの影は舌打ちと共に消えた。
同時に、エメルの小さな身体が倒れる。
すぐに駆け寄ったトゥリフィリは、あまりにも軽過ぎるその
誰もが、偉大なる指揮官の最期を感じ取っていた。
声を詰まらせた沈黙を持ち寄る中で、そっとアダヒメが語りかける。
「エメル……もう逝くのですね」
「お前、か。フフ……ヒュプノスは死なん。だが、今の私はなにかが違う。全く異質な何かが私の中に震えているのだ。これは」
「それが、心です。負の感情に燃えて焦がれた、貴女の本当の心……優しい心」
「馬鹿な。私が……フッ、そうか。これが慈しみやいたわり……アイテル、そうなんだな……私、は――」
トゥリフィリの胸の中で、少女はまるでフロワロのように散ってゆく。しかし、その色は溢れる涙に鮮やかな赤を反射させて消えた。
そしてトゥリフィリたちは
「13班……フィー、そしてナガミツ、キリコ……皆も。狩る者たちよ、星の
――
それが、
こうして、多大な犠牲を払って人類は取り戻す。
最初の一歩、種族としての存亡を賭けた戦いの