太古の遺跡に満ちる、圧倒的な殺意。
今、
だが、メテオーラは背にグルージャを
「おっ、りゃああああっ! こんにゃろめっ!」
絶叫を張り上げる巨大な獅子へと、メテオーラの剣が唸って
メテオーラの渾身の斬撃が、牙を剥く獣の
同時に、その背後から新たな敵意が飛来した。耳障りな羽音を奏でる、巨大な羽虫が迫る。血に濡れた剣を敵の死骸から引き抜くや、同時にメテオーラは跳躍。
それは、背後でぼんやりと光るルーンが輝くのと同時だった。
「グルージャ、あとよろし、くっ!」
「いいわ、メテオーラッ! トドメは任せて」
宙を舞うメテオーラの左手が、腕を覆う
グルージャのはなった強力な電撃が炸裂して、また一つの命が闇へと消えた。
だが、絶え間なく押し寄せるモンスターを前に、まだここから動くことができない。
「サーシャ、まだー? そろそろちょっち、限界かも。敵が多過ぎるっ」
背後では巨大な機械が、不気味な鳴動に震えながら稼働している。それは迷宮内のところどころに設置された、謎の装置だ。操作すれば、一定量の溶液を吐き出す仕組みになっている。そして、どうやらそれは旧世紀の人類、この迷宮を建てた者たちが残した希望らしい。
この地に封じた
その完成を見る前に、この建物のあちこちで人間たちは死んでいった。そして今は、世界樹による大地の再生を外の世界で生き延びた人類、つまりメテオーラたちが生きている。
「すまん、メテオーラ! もう少しかかりそうだ。機械の調子があまりよくない」
「ほいほい、わかったよー! まー、古いポンコツだからね。えっと、これで五回目?」
「ああ! ここで最後だ!」
機械の前ではサーシャが、ボトルへと溶液を入れている。この機械は迷宮の地下三階に五ヶ所、溶液の数は全部で五種類だ。そして記録によれば、溶液を正しい順序で混ぜ合わせることで、封印されし邪悪の力を弱めることができるという。
嘘か真か、それはわからない。
だが、今は
改めて身構えると、メテオーラが覚悟を決めたその時だった。
「っしゃあ、クラックス! まだまだ派手に暴れようぜっ!」
「うんっ! メテオーラ、ここは任せて!」
メテオーラの前に、二人の影が躍り出た。
片方は、血に濡れて
それでようやく一息ついて、メテオーラは呼吸を整える。
背後ではグルージャが、いつになく
「メテオーラ、平気?」
「おーう、へっちゃらだ! わはは、凄い数だよ。地図があって歩き慣れてるのに、全然道が確保できないもん」
「もう少し、一緒に頑張ろう。ここで最後、あとはさっきの中央の広間にあれを届けるだけだから」
ふと、意外な一言にメテオーラは目を丸くした。
自然と頬が緩んで、どうやらにまにまと締まらない笑みでグルージャを見てしまったらしい。アイテムを整理しつつアムリタを飲んでいた彼女は、メテオーラの視線に
「……なに? メテオーラ」
「いや、グルージャが頑張ろうなんて言うからさ。エヘヘ、成長したもんだなあ……うんうん。おねーさんはうれしーよ」
「やだ、やめてくれる? ちょっと、気持ち悪い」
「まあまあ、そう言いなさんな。デヘヘ」
グルージャと初めて会ったあの日が、遠い昔のような気がした。
メテオーラにとって彼女は、他の同世代がそうであるように友人、友達だ。そして、そう思ってる自分をちょっとグルージャが苦手に思う時があるのを知っていた。グルージャという少女は、不器用で妙に気を張ってて、そして使い所を知らない優しさを凍らせていた女の子だった。妹みたいだとも思っていた。
だが、冒険の日々が彼女の心を溶かし、温かさを
いつしか
そんなことを思ってると、大げさに肩を
「……メテオーラ、知ってる? そういうの、よくないのよ?」
「そなの?」
「あたし、本でよく読むもの。
「する人は?」
「よく死ぬわ。高確率で、かなり頻繁に。というか、ほぼ確実に」
「嘘ぉん!?」
グルージャはメテオーラをじっと見詰めて、不意に手を伸ばしてきた。彼女は指でつまんだブレイバントを、メテオーラの唇に押し当てる。剣と盾で手が塞がっていたし、強く握っていた手は強張って、自分の意思でなかなか動かない。戦い続きで筋肉が疲労して、極度の緊張状態の連続で硬直しているのだ。
メテオーラは口を大きく開けて、グルージャに小さな
すぐに口の中に微妙な味が広がって、美味くはないが力が湧くような気がした。
「おーっし、ちょっとクラッツとクラックスを手伝うとしますか! グルージャ、援護お願い。サーシャを守ってやんないとねー」
「うん。後ろは任せて」
「じゃ、いっちょ揉んでやりま――!?」
その時、ベシャリと濡れた音と共に、足元の床に何かが叩き付けられた。それが、血に濡れたクラッツだと気付いたのは、彼が間髪入れずに立ちあがったから。
立って剣を構え直したクラッツは、顔半分を真っ赤な鮮血で覆っていた。
だが、ギラつく眼光が前だけを
「あー、うっさい! コレくらい屁でもねぇぜ! 女は大げさなんだよ」
「だってさ、グルージャ」
「呆れた……
そうこうしていると、今度はクラックスが吹き飛ばされてきた。何度も床にバウンドして壁に叩き付けられた彼は、ずるずる崩れ落ちたかと思うや立ち上がる。不規則に明滅する術式が、前進のあちこちに出血する傷のように光っていた。
「その、蜥蜴そのものの僕が言うのもなんだけど……うん、クラッツは鈍いよね」
「おうこら、相棒! 大丈夫か? その口ぶりだと平気だな」
「うん、平気さ」
追い詰められた形で、メテオーラが敵の矢面に立つ。そうして一歩を踏み出そうとした、その時だった。背後でガタゴトと唸っていた機械が停止する。
そして、ボトルを持ったサーシャが戦線に復帰した。
「すまん、遅れた。グルージャ、これを持って中央を突破しろ。私とこの馬鹿二人で援護する。……道はこじ開けてやる、急げ!」
「でも」
「でも、じゃない! このまま五人で戦っても、押し寄せる魔物にいつか飲み込まれる。まだ余力がある今、一点突破でだれかが中央の広場に行くしかないんだ」
ちらりとサーシャは、メテオーラを見た。
無言の瞳が、大きく頷いていた。ここが勝負の賭け時、正念場なのだと。
大きく息を吸って、そして吐き出して……意を決したメテオーラは、歪んで
その左手で彼女は、グルージャの手を握る。
「行こう、グルージャ!」
「さ、早く行け! これを持っていくんだ……なにが起こるかわからんが、古代人とやらがなにかのために残した物だろう。そして今、これを届けられるのはお前しかいない」
「……なら、あたしが残るわ。サーシャ、あなたが」
だが、そのことを口にするグルージャ自身が既に察していた。静かに笑ってサーシャは首を横に振ると、右手でクラッツの二の腕を抱き寄せる。同時に、左手でクラックスの短剣を握る手を引き寄せた。
意外そうな顔をする二人が見下ろす真ん中で、サーシャは静かに言い放つ。
「私はこいつらと一緒に残る。最も全員の生還率が高い、合理的な判断だ。……なんだ、おかしいか? グルージャ。私はずっと……こいつらと一緒に、いたいんだ」
「……そ、わかった。行こう、メテオーラ」
獣の
必至で剣を振るって、近付く全てを薙ぎ払う先へ走る。
無我夢中で駆け抜ける中、不思議とグルージャの手だけが温かかった。