ジルベルトは意を決して、地下二階へと歩を進める。
濃密な血の臭いと、断続的に響く悲鳴。
初めて経験する、
血濡れた階段を降りると、新たなフロアが目の前に広がった。
「……一つよろしいでしょうか」
サッとその場に片膝を突いて、再びユーティスはまひろの足跡を探し始めた。
同時に、彼はその作業に没頭しつつ抑揚のない声で話す。
「ヴァイン、まひろの様子は妙でした。心拍数や体温も異常値と思われます」
「あ、ああ。それは、その」
「違法薬物の
「おっ、俺はそんなことするかよ! ……できる、かよ」
「可能性の話をしています」
確かに、ジルベルトもまひろには違和感を感じていた。
そう、危機を察した瞬間にまひろは豹変する。
まるで、なにかに駆り立てられるかのように危険を犯す。
危険に飛び込み我が身をいとわず、誰かのために命を投げ出してしまうのだ。
その時のあの表情、輝く瞳を思い出すと少し怖い。
「あー、その話なんだけどねえ。……ヴァイン、最低限話すぜ? 命を預けるパーティーの仲間同士なんだしネ」
ヴァインの
彼は少し
「昔々、その昔、わるーい魔法使いの塔で一人の女の子が生まれました」
なんの話かと思ったが、その女の子がまひろという説明らしい。
わかりやすく、かつヴァインを気遣って例え話にしてくれているのだ。
なんやかやでジルベルトは、師匠のそういうところが素敵だと思ったし、好きだった。この人は
「村の猟師がその塔に忍び込むと、
「そ、それが、まひろ?」
「女の子は、魔法で『英雄として死ぬためにしか生きれない呪い』がかかってるんだねえ」
隣のリベルタは真っ青になって、慌てて口元を手で覆う。
ジルベルトにも、ぼんやりと寓話の奥の真実が見えてきた。
まひろは、普通に父と母の愛で産まれた子供ではないらしい。人間が意図的に造った、英雄として生きるための人形。そして、英雄としか望まれていない存在なのだ。
それを知ったら、背筋を
だが、立ち上がったユーティスは顔色一つ変えない。

「事態は把握しました。まひろの足跡はあちらへ続いています、カラブローネ」
「お前さんはクールだねえ。なんかこぉ、感じない?」
「なにがでしょうか?」
「お前さんだって、大昔に人がこさえた存在じゃねえかなって思うんだが」
「私は、私たちはそのような非効率的な端末ではありませんが」
カラブローネは露骨にがっかりした顔を見せたが、ゴホンと咳払いを一つ。
事情を知れたからか、ジルベルトも心配と不安が強くなった。
なんとしてでもまひろを止めて、この場を脱出しなければならない。英雄的な行為は美しいが、それだけだ。それを、安全な場所から他者に、それも子供に強いるというのは卑劣である。
リベルタも同じ意見のようで、いつもの勝ち気な表情を取り戻した。
「んじゃま、呪われたお姫様をまずは保護しないとね」
「だね。……なんだろう、ちょっとでも、ホッとした」
「ん? どした、ジル」
「やっぱり、事情がわかってくるとね、あとは対処と今後かなって」
「んむー、そだねえ」
まひろはちょっと変な少女だが、悪くはないないのだ。
狂った人間が生み出した、純然たる狂気の産物、祈りと願いの結晶。その
そういう希望と可能性だけは、決して忘れないジルベルトだった。
と、その時不意にヴァインが銃を抜いた。
身構えたカラブローネも、一歩下がる。
それを見た時にはもう、ジルベルトはリベルタと一緒に壁に押し当てられていた。
「ユ、ユーティス?」
「失礼します。お静かに」
突然、抱き締められた。
酷く冷たくて、まるで体温を感じない。
隣ではリベルタが目を白黒させていた。
そして、視界が突然真っ黒に染まる。
「っ! う、うひょあ!」
ちょっとマヌケな声が出てしまって、慌てて手で口を塞ぐ。
目の前に今、巨大な熊の魔物が舞い降りたのだ。ズシン! と身を屈めて着地し、ゆっくりと立ち上がる。その血走った目は、酷く怯えていた。
この森を徘徊する王、森の破壊者である。
こちらに気付いているだろうに、森の破壊者は足早に去っていった。
まるで逃げているようである。
そして、ジルベルトはすぐに知ることになる。
森の
「大丈夫でしたか、ジル。驚異は去りました。カラブローネ、ヴァインも無事ですね?」
全く動じた様子も見せずに、ユーティスが離れた。
なんだか、ビックリしたからか顔が
リベルタにいたっては、ふにゃあと鼻をスピスピ慣らしながら崩れ落ちていた。
「ちょ、ちょっと、リベルタ。大丈夫? その、顔がとろけてるよ」
「アタシは壁になりたい……
「……もう、わりと手遅れ気味だけど」
「大丈夫ですわ! わたくしは気高き帝国の騎士! まだギリギリ大丈夫なのぜですの!」
だが、茶番もここまでだった。
先程の森の破壊者は、明らかに異常な行動を取っていた。
侵入者に向かってくるでもなく、ハチミツの匂いに誘われた様子もない。
あれは、逃走……敗走だ。
野生の
そして、さらに殺気が強まり張り詰めてゆく。
戦慄の空気が凍ってゆくなか、あっけらかんとした声が響いた。
「あっ、ジル! リベルタも、みんなも! ここは危ないです、早く逃げるです!」
迷宮の奥から、まひろが現れた。
その背に、重傷者を背負っている。
思わず、ジルベルトは真顔になってしまった。リベルタもだし、みんなそうだった。どの口が言うか、という雰囲気だったが、改めて合流できたことには安堵する。
だが、次の瞬間にはジルベルトの肌が
「あっ、追いつかれたです……ジル、この人をお願いできますか?」
駆け寄ってくるまひろの向こうに、ジルベルトは見た。
燃える紅蓮のような赤い